メッセージ。 - diary

2017-07-05

# にゃー

都会というのは基本的に多様なものだ。いろんな場所から人が集まり、いろんな価値観が共存する。逆に言えば、価値観の多様性が低いところは都会ではないし、人を集める力もより少ない。

右傾化と言うのは排他主義的で、多様な価値観と反対の方向にある。都会と田舎と言う観点で言うと、田舎のほうが、右よりの価値観と相性が良い。だから右寄りの意見が強く出ているという地域は、より田舎化しているということだ。

日本の経済力が縮小していると言う話があるが、それは日本の田舎化とも相関関係があるだろう。アメリカの田舎化もそうであると思う。都会と田舎とどっちがいいか悪いかと言うのは、ここでは言及しない。ただ、経済(貨幣や価値の交換による生産)というのは、都会の方でより回るだろう。
2017-07-05 09:24:05 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2017-07-01

# にゃー

たとえば、蚊を「蚊だから」、GをGだからという理由で殺害してもいいと考えるのは差別だよな。
2017-07-01 15:54:04 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2017-06-08

# にゃー

デジタルの時代、データやファイルのコピーは非常に低コストになった。アナログなものは、コピーにそもそもコストがかかるので、コピーを所有すると言うことに価値があった。

しかしデジタルの時代、デジタルのデータやファイルを所有するにあたっては、アナログの所有権のスキームは素直にマッチしない。

コピーが容易にできすぎてしまうゆえ、発生する問題がある。アナログの製品には、製造という業態が付随したが、デジタル製品にはそれがない。既存の所有権のスキームをそのまま用いるならば、コピーをするための仕事はなくなり、コピーをさせないための仕事が発生する。

では、「コピーをさせない」ことをいかにして実現できるのか。
2017-06-08 09:24:05 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2017-05-24

# にゃー

我々が使えるエネルギーのうち、少なからぬ量は環境の変動をならすために使われている。例えば夏にわれわれはエアコンを使い、冬には暖房を使う。しかしもし年中気候が一定で快適な気温であるならば、暖房も冷房も不要だ。夏の暑気を保存しておき、冬に利用することができたならば、今のような燃料の消費という向こう見ずな手法に頼らずに済む。

夏の暑気を保存、蓄積するという点においては、植物はまさにそういうことをやっているのだろう。春から夏にかけての太陽光を蓄積し果実や種子、樹木の形に変換し保存する。しかし彼らは、冬の間にそのエネルギーを利用しようとしてるわけではない。ただ冬を耐え忍んでまた春の到来を待つだけだ。

では一体彼らの目的はどこにあるのか。確かにエネルギーは保存され、夏から次の夏に移動をされている。彼らはそれをずっと続けている。環境の変化をならすという点では、彼らがやっていることも我々がエネルギー開発でやりたいことの間にも、そう大きな違いは無い。
2017-05-24 22:27:32 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2017-05-01

# にゃー

新しい技術が出てきて、あるいは新しい社会的ニーズが出てきて、それが法や既存のルールにそぐわないならば、そのときは法やルールを変えるべきときだ。自動車もウォークマンもビデオデッキも、そうやって法やルールを変えてきた。そしてそれは、企業とユーザーが主導してやるべきこと。逆に、既存の法やルール、ユーザーニーズの中でだけしか製品開発ができないなら、到底大きなビジネスにはならない。
2017-05-01 21:00:10 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0
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