メッセージ。 - diary

2017-06-08

# にゃー

デジタルの時代、データやファイルのコピーは非常に低コストになった。アナログなものは、コピーにそもそもコストがかかるので、コピーを所有すると言うことに価値があった。

しかしデジタルの時代、デジタルのデータやファイルを所有するにあたっては、アナログの所有権のスキームは素直にマッチしない。

コピーが容易にできすぎてしまうゆえ、発生する問題がある。アナログの製品には、製造という業態が付随したが、デジタル製品にはそれがない。既存の所有権のスキームをそのまま用いるならば、コピーをするための仕事はなくなり、コピーをさせないための仕事が発生する。

では、「コピーをさせない」ことをいかにして実現できるのか。
2017-06-08 09:24:05 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2017-05-24

# にゃー

我々が使えるエネルギーのうち、少なからぬ量は環境の変動をならすために使われている。例えば夏にわれわれはエアコンを使い、冬には暖房を使う。しかしもし年中気候が一定で快適な気温であるならば、暖房も冷房も不要だ。夏の暑気を保存しておき、冬に利用することができたならば、今のような燃料の消費という向こう見ずな手法に頼らずに済む。

夏の暑気を保存、蓄積するという点においては、植物はまさにそういうことをやっているのだろう。春から夏にかけての太陽光を蓄積し果実や種子、樹木の形に変換し保存する。しかし彼らは、冬の間にそのエネルギーを利用しようとしてるわけではない。ただ冬を耐え忍んでまた春の到来を待つだけだ。

では一体彼らの目的はどこにあるのか。確かにエネルギーは保存され、夏から次の夏に移動をされている。彼らはそれをずっと続けている。環境の変化をならすという点では、彼らがやっていることも我々がエネルギー開発でやりたいことの間にも、そう大きな違いは無い。
2017-05-24 22:27:32 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2017-05-01

# にゃー

新しい技術が出てきて、あるいは新しい社会的ニーズが出てきて、それが法や既存のルールにそぐわないならば、そのときは法やルールを変えるべきときだ。自動車もウォークマンもビデオデッキも、そうやって法やルールを変えてきた。そしてそれは、企業とユーザーが主導してやるべきこと。逆に、既存の法やルール、ユーザーニーズの中でだけしか製品開発ができないなら、到底大きなビジネスにはならない。
2017-05-01 21:00:10 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2017-04-27

# にゃー

ぼくは、治療や健康の最終責任者は、結局本人だと考えている。医師は、どんなに頑張ったって、その手助けをすることまでしかできない。非常に限られた時間とリソースのなかで、やれることをやるだけだ。

医師や医療機関による医療行為は、技術的、精神的ケアであり、最終的な判断や執行は、本人にしかできない。それはもう、物理的な制約から当たり前のことだ。理知的な人なら誰だって分かる。

ただ、それなのになぜか、診療に関する情報が本人には伝えられない。結論だけが断片的に本人に伝えられ、判断する具体的な材料が与えられない。それはおかしいでしょう。

健康におけるプロジェクトマネジャー、最終責任者は本人だ。なのにその本人に、現場から重要な情報が上がってこないでは、まったくプロジェクトの推進が困難だ。

もちろん、世の中のすべてのプロジェクトマネージャーが優秀なわけではない。全部任せますという人もいるだろう。全体的な医療費の抑制や最適化、あるいは医師や患者保護の観点で、基準となるルールは必要だ。ただ、いまの形が最適で、なにも変える余地がないかといえば違うと思う。
2017-04-27 09:00:10 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2017-02-23

# にゃー

知らない街を見ているだけで、なんでこんなにドキドキするんだろう。。。。

2017-02-23 21:00:06 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0
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