メッセージ。 - diary

2025-03-13

# にゃー

世の中は生成AIがすごく盛り上がっているけど、一方で現実世界に目を向けてみると、あいかわらず何を言っているのか要件がよく分からないコミュニケーションが人間間で頻発していてひどい有様だ。今後も、要件がよく分からないものを生成AIに翻訳して伝える仕事がまだまだありそうで、戦々恐々とした思いだ。
2025-03-13 21:02:42 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2025-02-26

# にゃー

生成AI、無料のものを使っているせいかもしれないけど、プログラムを作ってもらうとけっこうヘッポコなものが出てくる。かなり手直しをしなければいけないから大変で、これなら自分で書いたほうが早いなというレベル。

あと、自分が慣れ親しんでいる言語でコードを生成してもらうときと、そうでないときでストレスはだいぶ違う。慣れている言語でコードを生成してもらったときは、「こんなメソッド存在しない」とか「汚いコードだなぁ」とか「無駄な書き方で何がしたいんだ」といった感じでサクサク直していくことになる。

いっぽうで不慣れな言語の場合は、どこが間違っているのか、言語のマニュアルなどをググりながらなので大変ストレスになる。大枠のアルゴリズムはあっているっぽいので、サンプルコードやテンプレートとしては使えるんだけど、イチから自分で書くよりは多少ラクかなぁという程度。そういう意味では、あまり凝ったメソッドに依存しない、よくあるアルゴリズムを書き下ろしてもらうのには良いかもしれない。

そう。「よくある雑事」みたいなことに適していると思う。たとえば、「標準入力から偶数業だけ抜き出すシェルスクリプトを教えて」とか、「Execlファイルに含まれる全部のシートをCSVで保存するVBマクロコードを頂戴」とか「障害報告書の雛形をください」みたいな用件は、ネットで検索するよりは断然早い。

そんな感じで、周回遅れで最近やっと生成AIを試してみてるんだけど、もっと活用できるのかなぁ。世の中の動きが速すぎてよく分からないし、プロダクトもありすぎるし、課金が必要だったりするしで、ついていけない。まぁもともと新しい技術はあまり付いていけない人間だけど。あと、新しいサービスとかアプリが出てきたときに、セキュリティリスクとかインストールの面倒臭さとか課金とかが気になって、飛び付く気にならないんだよね。他の人はどうしてるんだろう。

そういう意味では、自分一人でやってるのが良くないのかもしれないね。ぼくは友達がいない人間なので、新しいものに触れたり、何かを見つけたり、学んだりといった学習コストがほかの(友達がいる)人よりも高くなっているんだろう。完全にここは自分の弱点だなぁ。いまさらだけど、この弱点がそろそろ現実の悪影響になってきたような感じがする。
2025-02-26 08:01:34 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2025-02-20

# にゃー

感情労働はしんどい。だから感情じゃない労働、端的にそれを表す言葉が分からないけど、そういうものに流れてしまいがちだと思う。でも、感情じゃない労働だけやるのもしんどいような気がする。日々無風で何もなければ良いのか。ただお金がもらえれば良いのか。楽なら楽なほうがいいのか。

もちろんお金は欲しいし仕事は楽なほうが良い。でも給料泥棒にはなりたくないよね。誰かの役に立って、喜んでもらえた対価としてお金をもらいたい。そのためにはしんどいこと、感情労働もやらなきゃいけないことがあるというか、頑張った先に価値をつかみとれたら、それは許容できるしんどさというか、やりがい?のようなものになると思う。

やりがいのない仕事はしんどいよ。ただ穴を掘って埋め戻すだけの仕事が一番苦しいという言葉があるように、仕事というのはそうじゃないものでなければならない。「自分がやっていることには価値がある」と思いたいし、逆に誰かに怒られたり見下されたり迷惑をかけたりしたくない。

「誰かに怒られたり見下されたり迷惑をかけたりしないためにはどうすれば良いか?」という観点では、できるだけリスクのあることは何もしないとか、できることだけをやる、といった対処法が思い付くけれども、このやり方は問題を先送りにしているだけで、不安の晴れない戦略になってしまう。

しんどいことはやりたくない、リスクのあることはしたくない、誰かに怒られたくない、そういう感情はもちろんあって、とくにぼくなんかはそれにずっと怯えている。でも、やらなきゃいけないことはやらなきゃいけなくって、やってしまえば胸を張って先へ進めることがあるとも知っている。

だから必要なことは「絶対にやらなきゃいけないことは何か?」の選択と優先順位付けで、やらなきゃいけないことが決まったら次は、しんどくて嫌だけれどもとにかくやってみる勇気、そしてやってみたことに対しては結果が良くても悪くても「がんばったね」と褒めてもらえるような何かなんだと思う。

ただし、こんなものは精神論で、現場にはきちんとした技術やリソースも必要だ。心技体、というやつか。昔の人はうまいこと言うなぁ。心・技・体の3つが必要なんだよね。「精神論を言うな」という言葉も分かる。精神論だけ叫ぶような現場はろくでもない。でも心技体という言葉が表すように、精神論は排除すべきものではなく、必要な3つの要素のうちの1つなんだよ。

心(何をやりたいか、何をやるべきと考えたか)、技(学んできたこと、自分ができること、得意なこと)、体(それをやりきるだけの体力や資金)が3つとも必要で、どれかだけが突出するのではなくバランスされているほうが良い。そしてもちろん仕事というのは相手もあることだから、そこも忘れてはいけない。

そういうことを前提に、最終的に仕事というのは面白くあってほしい。そんなのは叶わぬ夢みたいに聞こえるけど、でも、世の中には良い仕事をしている人がいる。「良い仕事」よりも、「善い仕事」が適切かな。自分も善い仕事がしたい。みんなだってそうでしょう?誰かに怒られたくないし、誰かを怒りたくもないよね。みんなが善い仕事ができたら、めちゃくちゃハッピーじゃん。

「みんなが善い仕事ができたら」なんてのは本当に夢物語だけれども、でもたまに善い仕事をしている人を見ることがあるんだから、絶対に誰もできないようなことでもないんでしょう?だったらできるだけ近付きたいよなぁ。少なくとも、善い仕事をしたいと思ったり言ったり何かを試してみたりするのは自由なはずだ。
2025-02-20 09:33:06 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2025-02-09

# にゃー

ちょっといろいろヤバいと(いまさらながら)気付いたので、ここからは巻きでいきます。急ぐ分クオリティが落ちるというか、いろいろ至らぬところだらけになるかと思います。すみません。
2025-02-09 23:13:56 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2025-01-31

# にゃー

たまに少女漫画っぽいのを読むことがあるんだけど、主人公の女の子がほぼ完璧だなーという作品によく出会う。真面目で優しくて周りの人のことを考える頑張り屋さん、でも少し抜けているところもある、みたいな。全方位に敵を作らないみたいな内面を抱えているのかなと感じて気になる。そんなに完璧じゃなくていいのにというか、もっと自由でいいのにと思う。

少年漫画だと、主人公が(つまり作者が)そういうことを気にしていないような気がする。「自分はこういう人だ」という描写があまりないというか、あるにはあるんだけど、周りに気を遣ってできちゃった人格という感じではなくて、「自分はなにをしたいだろう」、「自分に何ができるだろうか」、「自分はなにを選択すべきなんだろうか」というところから出発して、周りとの関係が動いて成長していくようなイメージがある。
2025-01-31 21:01:31 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0
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