メッセージ。 - Wikiは簡単じゃないけど。
# Wikiは簡単じゃないけど。
ぶっちゃけ、僕は Wiki というものがあまり好きじゃない。うまく管理しないと、情報がごちゃごちゃした感じになってしまうから。それに、文法を覚えるのがめんどくさい。 かなりいろんな方言があるみたいだし。
にゃー。
たしかにWikiは情報がごちゃごちゃになりがちだと思う。それは解決したい問題だ。でも、DocuWikiがそれを解決するかというと、否定的な見解を持たざるを得ない。どんなに優れたツールを使ったとしても、すっきりしたコンテンツを作るのは難しい。ごちゃごちゃしていないコンテンツというのは、本質的に作るのが難しいものなんじゃないかな。(HTMLエディタを見よ)
ブログだって、冷静になって見返してみれば、そこで公開されている情報は十分ごちゃごちゃしていると言える。データが時系列とか、カテゴリに分けられるとか、まぁ機能面でのサポートはあるけど、結論をすぐ知りたい場合は役立たない。意見や結論がまとまってないから。単にWikiよりブログのほうが、読もうと思わせる親しみやすさを持っているだけだ。
結局のところ、ブログにあってWikiにないものは、読もうと思わせる「親しみやすさ」だと思う。また、DocuWikiにあってほかのWikiにないものは、使おうと思わせる「親しみやすさ」だろう。そして、ブログに親しみやすさを付加しているのは、たぶんテンプレート(定型フォーマット)だ。日記という定型フォーマット、プラクティスがあるから、それは読みやすくなる。書き手にとっても受け手にとっても、そこで何がどう語られるべきかがあらかじめ共有されているので安心感がある。
多くのユーザーにとっては、その安心感こそが重要なんだろうと思う。「簡単そう」という言葉がそれを物語っている。安心感は、自由度を下げることで実現される。だからWikiのようにエキセントリックで破壊的、かつ発散的なアプリケーションとは本質的に相性が悪い。まぁ仕方がないのかなぁ。たしかに普通は、無限の自由など与えられても使いこなせない。ユーザーがやりたいのは、あくまでアプリケーションセントリックなことが大半だろうから、無限の自由などは無用の長物ということなのだろう。
……でもね、Wiki、楽しいと思うんだけどな。公園という与えられた遊戯場で遊ぶのもいいけど、街を駆け回って知らない路地裏を見つけるのも楽しい。綺麗な滑り台や高価なおもちゃがなくても、人間って、そこにあるものを使って、想像力で遊べてしまうものじゃん? Wikiにはそういう魅力がある気がするんだよね。
Comment
# Wikiは社会に含まれる?
http://nnri.dip.jp/~yf/momoka.cgi?op=readmsg&id=1258
で指摘しておられる点と近いものを感じます。
異なる意見を持つ複数人が調整し、衝突や矛盾などを経ながらも一つの成果物を構築する。
しかも、誰か「指導者」の指示に従う形ではなく。
それってひどく日本人が苦手としているやり方じゃないでしょうか。
で、基本的に自らが支配できるブログか、匿名性の保証される掲示板とかが好まれる。
考えすぎですかね。
#
たしかにWikiは、ソーシャルなツールという側面が強いです。しかも、ボトムアップ的な、道のないところに道を作っていくようなところがありますね。「必要なら作ろう」という感じでしょうか。
んー。ちょっと論理が飛躍しますが、もしかしたら日本人は、責任を意識しすぎるのかもしれないですね。ブログは責任範囲が明確ですし、逆に掲示板は責任を全回避できます。「村」を持ち出すのは安直ですが、決められたとおりにやりがちなのかもしれません。
Trackback