メッセージ。 - なぜ、会社と社員の利害が対立するのか?

# なぜ、会社と社員の利害が対立するのか?

"朝日新聞の〝変〟 「メールチェック」で記者たちが大ブーイング"

朝日新聞で「ネットワーク記録・分析システム」が導入されたらしい。全社員を対象に、会社のサーバーを経由したメール送受信、ウェブサイトの閲覧記録を3年間保存、その記録をチェックできるそうな。上記の記事は、会社が社員のメールやWeb閲覧をチェックできることを批判したもの。

「報道機関がそういうことをするのはおかしい」という論調なんだけど、納得できる根拠が示されていない。別に報道機関かどうかで分けなくていいんじゃないの? 「自分だけはそういうことをされない権利がある(と思いたい)」と言っているように聞こえてしまう。「捜査機関や国家と同じですよ」だって!? 同じで何が悪いの???

あらゆる企業は、経済活動をするうえで自分の行動に責任を持つ必要がある。その意味で、自分への入力と自分からの出力を把握しようとするのは自然なことだ。人間だって同じように考えるでしょう? 人間も企業も、同じように1つの主体だからだ。

人間は、自分のやりとりするメールやWeb閲覧を自分でコントロールしたいと考える。それと同じだけ、企業も、自分のやりとりするメールやWeb閲覧を自分でコントロールしたいと考える。どちらかを制限して、どちらかから制限を外すなら、うまくいかない。

個人的には、別にいいじゃないか、メールを見られたってと思う。あるいは、別にいいじゃないか、メールなんか見なくたってとも思う。信頼関係さえあればいいんだ。「会社がチェックするから報道できない」と社員が言うなら、その会社はもはや報道機関ではない。

もし社員が健全な報道人なら、会社が報道を捻じ曲げているのだろうし、もし会社が健全な報道機関なら、社員がなにか悪いことをしようとしているだろうからだ。こういう意見が出るということは、社員と会社の利害が対立してしまっている。その時点でもう、うまくいっていないんだ。

「相手が何か悪いことをしようとしている」。そんなことを考えていて、一緒に仕事ができるんだろうか? 一人でやるより仕事を効率化できるから、会社というものがあるんじゃないの? ならば、会社と社員のやりたいことは同じだ。会社と社員は車の両輪だ。健全な会社なら、会社と社員の利害は対立しない。朝日に限らず、利害対立が見えてしまう記者のいる毎日も、健全ではないのだろうと考えざるを得ない。

# 当然のことながら、上記議論は報道機関にかぎらず適用される。また、同じ議論からぼくは組合というものの必要性にも懐疑的だ。
2006-03-13 10:31:35 / ふじさわ / Comment: 4 / Trackback: 0

Comment

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全体の論調には賛成ですが、最後の文だけに反応します。
利害関係の無い状態が理想(いわゆるWin-Win)ですが、やむを得ずに利害が対立することもあると思います(例: 会社は給料を上げたくないが、社員は給料を上げて欲しい)。そのときに双方の力関係が一方的では健全な関係とは言えないので、パワーバランスをとるために組合が必要な面もあるかと思っています。(もちろん、会社と対立するためだけの組合ではダメですが)
2006-03-13 12:57:21 / まちゅ / Comment: 0 / Trackback: 0

# うーん。組合ってそん...

うーん。組合ってそんなにちゃんと機能するものなんでしょうか? たとえばぼくがSE/プログラマをやっていたとき、社員として一番欲しかったのは、人間的な生活でした。夕方には退勤して、晩ご飯を家族と一緒に食べられる生活が欲しかった。

でもそんなものは夢のまた夢でした。役職にかかわらず、夜は22時をすぎても働くのが当たり前。そういうのが長く続くからか、30歳代、40歳代になっても独身でいる男がゴロゴロしていました。そういう先輩たちを見て、「ああいう風になりたくないな」と思ったものです。

その会社で、組合は何をしていたか。「水曜日は定時で退勤しなさい」と見回りをしたり、時期になったら「給料を上げろ」といつもの茶番を演じたり。特定の政治家を応援しろとPRがまわってきたり。そんなもの、現場の人間には、これっぽっちも役に立ってると思えなかった。

あの会社には、ちゃんとお金儲けができる仕組みが必要だったとぼくは考えています。デスマーチや開発失敗にまみれていた状況を脱出して、きちんと飯のタネを持つ、強い会社でなければならないと。それでこそ社員は幸せになれると。ところが組合は硬直して、ちゃんと社員のことを見ているように思えなかった。給料を上げる?そんなことよりも、目の前にあるこの、どうしようもない不幸をなんとかしてほしかった。

これは1つの事例でしかありませんが、一般的に組合って機能してるんでしょうか? ぼくには組合は硬直しているもので、機能しないものという印象があります。そういうこともあって、存在理由が理解できません。会社が給料を上げたくないなら、それなりの理由があるでしょう。会社と社員の間に信頼関係が築けているのなら、その理由を共有していけるはず。

そういう会社はまさしくWin-Winで、逆にそれができずに、社員と反目している会社は潰れゆく会社です。潰れる会社に居候しながら、(組合のパワーを使って)給料だけは維持しろなんて、そんなのはつまらない生き方です。人間はそんな生き方をしてはいけない。人間は、自分の所属する組織、自分の住む土地、自分の仕事を好きで、その成長を応援しなければならない。

信頼関係に比べたら、組合なんてほとんど役に立たないと思います。組合のおかげで少しばかり給料が上がったところで、人生にとってはゴミみたいなもんです。会社が社員を信頼してくれて、社員が会社を信頼できるなら、給料なんて上がらなくてもかまわない。会社はお金を、会社が成長するために使ってくれていいとぼくは考えます。それが会社を存続させ、社員の幸せにもつながるんですから。(信頼関係が続くのならね。)

# つい熱くなってしまいました。論点も発散ぎみですね。ゴメンナサイ。
2006-03-13 16:06:20 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

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話の前提としての「組合」と「経営」について、各論と総論が混じっているので論点が難しくなっていますが。
事実として組合のおかげで従業員が給与以外のメリットを受けた歴史はいくらでもありますよ。
例えばフジテレビ労組は、経営陣の組合潰しをくぐり抜けて在京キー局でもっとも遅く組織された組合ですが。この組合が出来る前は女性従業員は20歳代で使い捨てされて退職させられていたそうです。しかし、組合の働きによって結婚・産休後も働けるようになりました。
組合にもいろいろ有って「信頼関係」についてまったく役に立っていない組織があるというのも同感ですが、だからといって全ての組合に意味は無いと言い切ってしまうのも大雑把だと思います。
2006-03-14 11:42:57 / otsune / Comment: 0 / Trackback: 0

# otsuneさん、ご...

otsuneさん、ご意見どうもありがとうございます。大変勉強になります。挙げられているフジテレビ労組の例は興味深いですね。このテーマは、もっと勉強する価値がありそうだと感じました。
ただ、おっしゃることはごもっともで、ふじさわの議論は修正の余地がたくさんありそうなんですけど、ぼくの言いたいことはまだ死なないなぁとも思うんです。

要は「なぜ社員と会社(組織)の利害が対立するのか?」なんですよね。otsuneさんへのお返事を考えていてはっきり感じたんですが、やっぱり労組にも機能する労組と機能しない労組がある。会社と同じなんですよ。ある種の組合は、なぜか社員と利害を対立させ、機能しない。

そしてそうなったら意味がない。組合に100%意味がないとは言いません。しかし、組合というシステムだけがあっても仕方がない。そこに何か、画竜点睛のようなものがあってこそ意味があるだろうと。ぼくはそれを言いたい。

組合が役に立つケースがあるのは分かりました。しかし、機能しない組合はむしろ存在自体が害悪であるとはいえないでしょうか?(これは要検証ですが)。組合が役に立つのは事実として、それが総体としてどれくらい役に立つのか、いま目の前にある問題を解決できるのか。それを、ぼくは知りたいです。
2006-03-14 15:38:50 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0
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