メッセージ。 - diary
2005-03-14
# スパムをなくす(?)hashcash
http://quasiquote.org/log/2005/03/04/hashcash
スパムをなくす(?)hashcrashという技術があるらしい。しかもいわたさんのサイトじゃないですか。読み落としていました orz。
スパムをなくす(?)hashcrashという技術があるらしい。しかもいわたさんのサイトじゃないですか。読み落としていました orz。
# ソバリプス
http://ma.la/mirrorman/wiki.cgi/WikiBanaVOL4で次のように紹介されていたソフトウェア「ソバリプス」。
やっぱり! そういうところを狙ってるんだね。個人的には次のような観点からそのアプローチは面白いと思います!
http://nnri.dip.jp/~yf/cgi-bin/yaswiki2.cgi?op=idaccess&id=598
懇親会で少し話が出たのですが、ソバリプスという凄いソフトがあります。少し前に知って「ああ、これだこれ。これを作りたいんだ」と思っていたのです。とりあえず、sobalipseのスクリーンショットを見るべき。「他のユーザーの作業を見ながら、自分の作業を行う」これがwikiにとって一番重要なことにも関わらず、一向に進歩が見られない部分。編集できるだけで満足して、ちっとも先に進もうとしていない。先進的でもなんでもなくて、wikiにとって当たり前の機能になって欲しいと思う。
やっぱり! そういうところを狙ってるんだね。個人的には次のような観点からそのアプローチは面白いと思います!
http://nnri.dip.jp/~yf/cgi-bin/yaswiki2.cgi?op=idaccess&id=598
# Ajaxのその先を妄想
こんなことを思い付いた! Ajaxが何かってのはよく分かってないけど、その1つの効用として、「クライアントのCPU/メモリ資源を使えること」があると考える。そうすると、サーバーとかクライアントとか分けるのは面倒だ。ちょっと長いケーブルでつながった1台の計算機として考えてしまいたい。だけどHTMLベースのアプリケーションではまだそれを実現する実装はない。これをAjaxというか、Lisp/Scheme on JavaScriptで実現したらどうだろうか。
サーバーではアプリケーションのインスタンスを(Schemeの継続とかで)吐き出し、クライアントでそれを実行するんだ。そうすれば、クライアントのCPUをぶん回せるし、いちいちサーバーへデータを取りに行く必要もなくなる。サーバーはアプリケーションのランチャでありストレージとしての役割だけを果たせばよい。クライアントでread/writeが発行されたときだけ、サーバーにアクセスすればいいんだ。
どうかなぁ?
サーバーではアプリケーションのインスタンスを(Schemeの継続とかで)吐き出し、クライアントでそれを実行するんだ。そうすれば、クライアントのCPUをぶん回せるし、いちいちサーバーへデータを取りに行く必要もなくなる。サーバーはアプリケーションのランチャでありストレージとしての役割だけを果たせばよい。クライアントでread/writeが発行されたときだけ、サーバーにアクセスすればいいんだ。
どうかなぁ?
# ハッカーと画家のレビュー
http://www.linux.or.jp/bookreview/BR85.html
linux.or.jpで『ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち』のレビュー記事が公開されている。いくぶん厳しめのレビューが多いかな。各章は面白いんだけど、総論を試みるとどうしてもそうなっちゃうんだよね。「この本は何を言いたかったんだろう?」みたいな。結局それは創造的意欲を喚起するということなんだろうけど。…えーと、自分メモ:amazon.co.jpにレビューを書くこと。
linux.or.jpで『ハッカーと画家 コンピュータ時代の創造者たち』のレビュー記事が公開されている。いくぶん厳しめのレビューが多いかな。各章は面白いんだけど、総論を試みるとどうしてもそうなっちゃうんだよね。「この本は何を言いたかったんだろう?」みたいな。結局それは創造的意欲を喚起するということなんだろうけど。…えーと、自分メモ:amazon.co.jpにレビューを書くこと。
# Momokaにurlkey機能を追加
urlkey機能は、Momoka:WikiでURLとサイト名の組み合わせを登録しておいて、Momoka:Diaryのほうで参照できる機能。たとえば「昨日http://jm.vis.ne.jp/sbox/index.cgi?StoreRoom%2f2005%2f03%2d11#i1でうんちゃらかんちゃら」と日記に書くと、「昨日sboxでうんちゃらかんちゃら」と表示される。
日記を書いてると、「○○経由で知ったのだけど」と書くことが多くて、○○の部分を細かく書くのが面倒なのでこれを補助できるものが欲しかったのだ。
日記を書いてると、「○○経由で知ったのだけど」と書くことが多くて、○○の部分を細かく書くのが面倒なのでこれを補助できるものが欲しかったのだ。
2005-03-13
# WikiばなVol.4の感想
寝起きでボーッとしながらWikiばな4の感想を書いてみます。個人的に、Wikiばな4で一番面白かったのはNOTAとMirrorManでした。
NOTAは、「Flashで実装されていて、ページを編集した瞬間サーバーに反映、同時刻に同じページを見ている人の画面にも即座に反映される。編集はWYSIWIGででき、図形やテキストなどのオブジェクトそれぞれが編集権を持つ(普通のWikiではせいぜいページ単位で編集権。ぼくはパラグラフに編集権を持たせたかったのでYASWiki2を作った)。また、1ページはA4ページサイズなのでそのまま印刷できる」というものらしい。これはすごいと思った。とてもリーズナブルな仕様で、本当に子供でも使える! すばらしい!
MirrorManは、とにかくJavaScript。複数ページのプリフェッチ、オートリンク、リアルタイムチャットなどなど、いろんな機能がJavaScript指向で実装されていて、クライアントのCPUを使いまくっていた。JavaScriptをオマケ的に使うのじゃなく、縦横無尽に使われているのがすごい。JavaScriptへの傾注がネタのレベル! プレゼンも時間がまったく足りなくなるほどのアイデアの数で面白かった。そして極めつけに印象的だったのが「P2Pを見越している」との言葉。
そう。P2Pなのだ。ぼくも最近そこが気になりはじめている。NOTAにしてもMirrorManにしても、既存の計算機アーキテクチャの呪縛から逃れはじめている(「誰でも機能を変更できる」というClockworksもそうだね)。「保存」っていうボタンを押してから保存する旧来のアーキテクチャは不自然だ。データを書き換えた瞬間、離れた場所にいる人にも変更が伝わるほうが自然で分かりやすい。CPU性能やメモリ容量なども同様で、いまのコンピューティングは計算機リソースの呪縛がキツすぎる。
Wiki関連のトピックとしては、ソーシャルなツール、ナレッジマネジメントのためのツールというアプローチがいままで主流で面白いところだけど、一方で既存のアーキテクチャから離れるという新しい風が吹き始めているように感じた。まだまだその道のりは始まったところだけど、ものづくりをする人間として、いよいよ面白くなってきたなと予感できるWikiばなだった。最後になったけど、shinoさん、スタッフ・発表者のみなさん、おつかれさまでした。たいへん有意義な一日でした。
NOTAは、「Flashで実装されていて、ページを編集した瞬間サーバーに反映、同時刻に同じページを見ている人の画面にも即座に反映される。編集はWYSIWIGででき、図形やテキストなどのオブジェクトそれぞれが編集権を持つ(普通のWikiではせいぜいページ単位で編集権。ぼくはパラグラフに編集権を持たせたかったのでYASWiki2を作った)。また、1ページはA4ページサイズなのでそのまま印刷できる」というものらしい。これはすごいと思った。とてもリーズナブルな仕様で、本当に子供でも使える! すばらしい!
MirrorManは、とにかくJavaScript。複数ページのプリフェッチ、オートリンク、リアルタイムチャットなどなど、いろんな機能がJavaScript指向で実装されていて、クライアントのCPUを使いまくっていた。JavaScriptをオマケ的に使うのじゃなく、縦横無尽に使われているのがすごい。JavaScriptへの傾注がネタのレベル! プレゼンも時間がまったく足りなくなるほどのアイデアの数で面白かった。そして極めつけに印象的だったのが「P2Pを見越している」との言葉。
そう。P2Pなのだ。ぼくも最近そこが気になりはじめている。NOTAにしてもMirrorManにしても、既存の計算機アーキテクチャの呪縛から逃れはじめている(「誰でも機能を変更できる」というClockworksもそうだね)。「保存」っていうボタンを押してから保存する旧来のアーキテクチャは不自然だ。データを書き換えた瞬間、離れた場所にいる人にも変更が伝わるほうが自然で分かりやすい。CPU性能やメモリ容量なども同様で、いまのコンピューティングは計算機リソースの呪縛がキツすぎる。
Wiki関連のトピックとしては、ソーシャルなツール、ナレッジマネジメントのためのツールというアプローチがいままで主流で面白いところだけど、一方で既存のアーキテクチャから離れるという新しい風が吹き始めているように感じた。まだまだその道のりは始まったところだけど、ものづくりをする人間として、いよいよ面白くなってきたなと予感できるWikiばなだった。最後になったけど、shinoさん、スタッフ・発表者のみなさん、おつかれさまでした。たいへん有意義な一日でした。
2005-03-10
# 情報処理概論の講義資料
http://www.infonet.co.jp/ueyama/ip/resume.html
大学の講義用資料のようだけど、……すごく丁寧にessentialな解説をしてる。情熱がこもってるなぁという印象。メモメモ。
大学の講義用資料のようだけど、……すごく丁寧にessentialな解説をしてる。情熱がこもってるなぁという印象。メモメモ。
# 内在者理論とかゲシュタルトとか
http://backno.mag2.com/reader/BackBody?id=200503041110000000094690000
というメルマガ。個人的に興味を持っているキーワードが入ってるのでメモ。
心理カウンセリングを考える
というメルマガ。個人的に興味を持っているキーワードが入ってるのでメモ。
2005-03-09
# 「論理 vs 情緒」
http://nais.to/~yto/clog/2005-02-21-6.html
たつをさんによるレポート。なかなか興味深いのでメモ。
[を] 「論理 vs 情緒」 - 藤原正彦講演会論理的思考も重要だが、仮説・出発点を選ぶのは情緒・感性・美意識。スタートが間違っていれば、筋だけ通った危険な思想になっちゃう
たつをさんによるレポート。なかなか興味深いのでメモ。
# インターネットとコミュニケーション
仕事関係の情報収集をメールベースでやっているのだけど、いろんなメールがくる。ネットワークやデータベース関連の製品、Webサービスを始めたベンチャー企業、企業間提携の話など本当に種々雑多だ。毎日こういうのをチェックしているのだけど、ほとほと疲れる。なんでこんなに疲れるのかなぁ。たとえば同じような分量を読むのでも、新聞ならそれほど疲れないのに。
ということを考えていて気が付いた。文章を読むという行動の裏側で、人間は書き手のコンテキストを理解しようとしているんじゃないだろうか。書き手はどの程度の知識を持っているのか、どういうセンスでものごとを捉えているのか、どこかに偏りがないか、など。新聞というのはそこが統一されている。一般の雑誌もそうだ。だから読んでいて疲れない。逆にメールやWebサイトの巡回などは、ぼくにとっては骨折り仕事だ。そこには、書き手の知識の多寡や偏りといった「情報」の雑多さがあり、おどろきや怒りや悲しみといった強い「感情」がこもっている。
一言でいえば、知らない人とコミュニケーションをするのは疲れる、ということなのかもしれない。
ということを考えていて気が付いた。文章を読むという行動の裏側で、人間は書き手のコンテキストを理解しようとしているんじゃないだろうか。書き手はどの程度の知識を持っているのか、どういうセンスでものごとを捉えているのか、どこかに偏りがないか、など。新聞というのはそこが統一されている。一般の雑誌もそうだ。だから読んでいて疲れない。逆にメールやWebサイトの巡回などは、ぼくにとっては骨折り仕事だ。そこには、書き手の知識の多寡や偏りといった「情報」の雑多さがあり、おどろきや怒りや悲しみといった強い「感情」がこもっている。
一言でいえば、知らない人とコミュニケーションをするのは疲れる、ということなのかもしれない。