メッセージ。 - diary

2007-09-27

# ルールというのは守るべきものなのかどうか

ある人が、自分の子供を育てるときには、「ルールは守るべきものだよ」と基本的に教えるつもりだと書いていた。

それを読んでいろいろ思ったのだけど、ここでは1つだけメモ。

ルールって、守るべきものなのかなぁ。個人的には、ぼくだったら子供にはこう教えたい。

「ルールを守るのも1つの手だよ」。

何が違うかというと、後者は自分の意思でルールを守るってこと。

「ルールは、守らなくてもいい。でも守ってもいい。選択はあなたの手に委ねられていて、その結果はあなたに返ってくる。自分が、良いと思ったことをやってごらん?」。そう言われたほうが、面白くない?

「ルールは守るべき」って言われたら、「なんで?」って思っちゃうじゃん。で、言うほうも「守るべきだから守るべき」って言い張るしかないじゃん。

それはさぁ、とんちとしてなら面白いと思うんだけどさ。「守るべき」って言われた子供が、何年も「なんで!?」って考えつづけて悩んで、ついにそのとんちの答を見つけるなら楽しい。

でも、そのとんちの答について、実際には分かってない大人も子供も多いじゃん。「守るべき」って言われたらさぁ、答を探す必要もないんだよね。守ってさえいれば何がしかが担保されるわけだから。

守るべきっていう考え方は、ネガティブな思考の温床になりやすい気がするの。自分はルールを守ってるのに、あれが手に入らない、これが気に食わないって。

つまり、「ルールは守るべき」思考って、目的が「ルールを守ること」以上になりにくいんじゃないかな。人から言われてルールを守る生き方と、自分の意思で「ルールを守るときもある」という生き方。後者のほうが楽しいと思うんだよなぁ。

ちょっと追記:大事なのは、「ルールを守ること」じゃなくて「なんのためにルールを守るのか、その『なんのため』って何?」ってことだと思うんだよね。「なんのために」ってことが大事で、ルールはその大事なことを守るための手段に過ぎない。

だから、最後に守るべきものや守りたいもののためなら、ルールなんて破ったっていいとぼくは思ってる。ただし。誤解のないように言っておくと、たとえばぼくが好きな友達の一人で、上記にも同意してくれる人がいるのだけど、彼は実際に社会生活の中でルールを守ることが多い。

でも彼は、「ルールを守るべき」だから守っているわけじゃない。むしろ、「ルールを守りたい」から守っている。結果的には、そう行動している。「守るべき」だからルールを守っている人と、「守りたい」からルールを守っている人なら、どっちの人と友達になりたいか。自分はどっちの人のようになりたいか。そういう感じなんだよなー。
2007-09-27 11:07:06 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

# 哲学を理解していない人は、考えているとはいえない

言ってみたかっただけです。すみませんすみません。
2007-09-27 10:43:05 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2007-09-23

# 生存確認

生存確認。
http://sandbooks.net/index.cgi?StoreRoom%2f2007%2f09#ID20A

これさぁ、どこかにブログサービスを借りて、そこで近況報告なり仕事の進捗報告なりをしていったらどうかなぁ?

というのも、うちの実家に最近パソコンを買って置いてきてさ。「このご時世、パソコンがあったほうが便利だから」と。

でもそれをしたおかげで、親からたまにメールが来るようになっちゃったのですよ。いわく、「誰からもメール来ない」と。

えー? ですよ。えー?。メールっつったって、用事ないと書けないしさぁ。それで、まぁなんつーか、そういうことのために、そもそもブログとかってあったんじゃないかな?と思ったわけ。

ブログってのは、プル型のメルマガという意味合いもあるんじゃないかな、と。だって、メルマガって読まなくなっちゃうじゃん? 定型文でしかも、向こうから頻繁に来るところのはとくに読まない。

メルマガのそういう部分を、改善したものが、ブログなのかもしれないなーと。そういう意味では、mixiなんかもそれに非常に近い。とくに用事がないけど、discloseしたい情報があるとか、そういう感じ。あ、今だったらtwitterとかいいんじゃないの?

えーと、なんだっけ? まぁそんな感じで。http://test.sandbooks.net/last.php のページが面白かったです。
2007-09-23 22:55:14 / ふじさわ / Comment: 2 / Trackback: 0

2007-09-19

# 日々

飲みに行こうよ。

と言いたい。
2007-09-19 10:46:16 / ふじさわ / Comment: 2 / Trackback: 0

2007-09-17

# 「漏れのある抽象化の法則」の話の続き(まとめ?)

Shiro
http://practical-scheme.net/wiliki/wiliki.cgi?Shiro
(2007/09/14 18:40:15 PDT 収束)

とりあえず一段落ですかね。よいまとめになっていると思います。
2007-09-17 15:31:53 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2007-09-15

# もうちょい追記。ほとんど妄想と言いがかり

この議論はもう収束に向かってるんだろうけど、自分の中でひっかかるのでメモ。

Shiro
http://practical-scheme.net/wiliki/wiliki.cgi?Shiro
 私は高周波回路も量子力学も苦手だったし、数百MHzのバスクロックに乗るパルスの波形や数GHzのチップクロックの中を走る電子の雲がどうなってるかなんて考えたくも無いんだけれど、それらがデジタル回路の抽象化の壁を越えてくる確率と「高級言語」で書かれたプログラムのSEGVに出会う確率にはあまりに大きな差がある。

「それぞれの抽象化には、たしかに違いがあって、個々の抽象化のあいだでその能力(壁の厚み)には差がある。また、プログラミングにおいてはデジタル回路の抽象化の壁が、その下層とへだてる能力は非常に高く、抽象化が漏れるリスクは相対的にとても小さく抑えられている」という知見は、とても重要だと思う。Joelさんによる「漏れのある抽象化の法則」がホップだとすれば、shiroさんによる指摘はステップに足りるかもしれない。

 ----

ただ、shiroさんの考えは高度すぎる。「漏れのある抽象化の法則」をしっかり理解しているからこそ、これだけの飛躍ができているはず。一方で、「漏れのある抽象化の法則」は、まだ世の中に(業界の中にさえ)浸透していない。せいぜい多くてプログラマ人口のうち10%ぐらいしか、ちゃんと理解していないと想像する。Googleで検索しても552件しかない。→ 漏れのある抽象化の法則 - Google 検索

この状況で、今回のプレイヤーたちが、それだけ高度な理論を共有できているのかなぁ? ぼくは、shi3zさんの能力を非常に高いと思ってるけど、でもこれだけの理論の鐘楼を、暗黙のうちに共有できてるんだろうか。そうは思えない。あと、このレベルを要求するのなら、「プロ」と呼べる人は業界の中で1割もいないように思う。逆に、技術力は高くてもそのほかが付いていかない人とかはどうなんだろう? プロと呼べるんだろうか。

 ----

shiroさんが言うように、たしかにデジタル回路はうまく電子の海や量子の世界を抽象化していて、厚い抽象化の壁は下位層である電子や量子の世界からの漏れを許さない。でも本当に、デジタル回路の抽象化能力はそんなに「高い」のだろうか。

ぼくは理想的な計算は数学に非常に似たものになるだろうと思っているけど、現代の計算機はほとんど数学に似ていない。計算機におけるマシン語というプリミティブは、優秀な抽象化レイヤとは言えないかもしれないと考えてみよう。

現代のデジタル回路やマシン語というものは、計算を行うにはあまりにも貧弱と言えないだろうか。電子回路では、8ビットなどにアラインメントされたワード単位でしか計算できず、マシン語の「設計」は、ハードウェアの制約との辻褄合わせがほとんどだ(たぶん。よく知らないけど)。

「計算」を行う機械としての電子回路は、抽象化が漏れまくっていて、プログラマはいつもハードウェアのことを意識しながら計算式を設計しなければいけない。これって間違ってないか?

 ----

バネでもランプでも論理回路は実現できるだろう。しかしそれで、現代の処理能力を持つ計算機を作ることはほとんど不可能だ。機械式の計算機でも論理回路を形成することはできる。でも、機械式ではロスが大きすぎて全然使いものにならなかった。その後、技術が発達して機械式から電子式に切り替わったことで、論理回路というのは抽象化の漏れをふさぎ、使いものになるレベルに達した。

つまり、論理回路の抽象化漏れをふさぎ、それを使いものにしたのはシリコン技術なのではないか。論理回路自体が抽象化の漏れをふさいだのではないという考え方。物性技術の進歩が抽象化の漏れをふさいだのだと。

 ----

なんとなくだけど、高級言語は今後もしばらくは満足な抽象化を提供しないと思う。たぶん、それをなしとげるのもまた物性技術の進歩だ。現代のような非常に短いワード単位でしか計算できないプアな計算機では、数学のような計算にまでスケールしないように思われる。量子コンピュータが実現したら、またパラダイムが変わるのではないかと思うのだけど。
2007-09-15 03:06:24 / カエル / Comment: 3 / Trackback: 0
recent days<< | >>old days