メッセージ。 - diary

2007-01-19

# 続 言葉の重みを分かろうとする

あれ? うまく伝わってないかなぁ……。言葉の重みを分かろうとするで言いたかったのは、「あなたのことを思って発せられた言葉を、ちゃんと選んでね」ということなんだけど。あなたを傷付けようとして発せられた言葉や、あなたから何かを奪おうとする言葉を、うまくより分けて無視してほしいんだ。

逆に言えば、「あなたを大事にしてくれる人を大事にしなさい」ということなんだよね。あなたを大事にしてくれる人が発する言葉なら、いくらでも反応すればいいと思う。何も我慢することはなくってさ。誰かの言葉にすぐ反応すること自体は、何も問題がないとぼくは思ってる。

ただぼくが言いたかったのは、「誰か」をちゃんと選びなさいよということ。あなたのことを大事にしてくれない人を、あなたはそんなに気にかけないでほしい。変な人に、近付きすぎないでほしい。うまく説明できないけど、まぁそんな感じですよー。


……あっ、あと「お嬢ちゃん」なんですけど。ぼくは結構この表現が好きで、よく使います。なので、「お嬢ちゃん」というのは、あなたのことかもしれないし、そうでないかもしれません。というか、そんな簡単に釣られてはいけません(w。
2007-01-19 20:19:08 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

# Gauche 0.8.9のZaurus用パッケージを作りました

Gauche 0.8.9がリリースされていたので、Zaurus用のパッケージを作ってみました。
ご入り用の方は、次のページからダウンロードしてくださいませ。

http://pikapika.to/~yf/download/gauche_0.8.9-1_arm.ipk

パッケージ作成は、次のようにしてZaurus上でセルフコンパイルしています。一応ご参考まで。

$ ./configure --prefix=/opt/QtPalmtop --enable-multibyte=euc-jp --enable-threads=pthreads
$ make
$ mkdir -p $HOME/pkgs/Gauche-0.8.9
$ make install DESTDIR=$HOME/pkgs/Gauche-0.8.9
$ cd $HOME/pkgs
$ fakeroot ipkg-build Gauche-0.8.9
2007-01-19 12:49:11 / ふじさわ / Comment: 4 / Trackback: 0

# いつもの過激発言

人間ってのは基本的に、猿なんですよ。猿から毛が抜けたものでしかない。

だからね。あまりに難しいことをさせようとしたり、ストレスをかけたりしたらパニックを起こす。

そこを忘れてはいけない。「猿は死ね」とか「もっと高度な生活に対応しろ。ストレスに耐えろ」と言っても何の解決にもならない。そんなことは現実問題として不可能なんだから。不可能なことを「やれ」と言うのは、単に猿のストレスを増やすだけ。

そうやって、猿により大きなストレスをかけたり、上から押さえつけようとしたら、猿は暴走する。それは、自分にとっても、相手の猿にとっても不幸だよね。ときどき猿が、悪いことをしたり、馬鹿なことをしたりするのは自然なこと。猿だって、ストレスで苦しいんだよ。自分が苦しいのと同じ。

でも、苦しいからといって猿は、簡単にほかの猿を殺すということまでしない。ストレスを受けた猿は、他の猿にいたずらをしたり、周りのものにあたり散らして暴れることはある。だけど、そのレベルと、ほかの猿を殺すというレベルの間には大きなへだたりがある。

猿がなにか悪いことをしたとき。「死ね」と言ったり、「ちゃんとルールに従え」と言ったりしても、何も変わらない。そうやって、木で鼻をくくったような接し方をしているほうが、猿にストレスを加えるんだ。そうやってストレスを加え続けるから、ついに猿は猿殺しをしてしまう。

あなただってそうでしょう? 苦しいとき、つらいとき、「死んでしまえば苦しみはなくなる」とか、「ルールに従って相手を裁判所に告訴すればいい」と言われても、困るでしょう? そういうことを求めているわけじゃない。そういうことが欲しいわけじゃない。それは、みんな同じ。ストレスに苦しんでいる猿に向かって、より強くストレスをかけてはいけない。


……あとね。そもそもという話をすると、猿がすることに対して、いちいち腹を立てるのは、やめたほうがいい。猿に悪気はないし、彼らはもともと難しいルールを守れないんだから。

野生公園なんかに行って、猿を見ていると、ときどき彼らと目が合う。そうすると、彼らは襲いかからんばかりに激怒する。猿は、ほかの猿と目を合わることを、ルール違反だとか、重大な罪のように考えているらしい。でもね。人間にとってそれは不可解だ。彼らと目が合ったといって、なんで人間であるぼくらが怒られにゃならんのだ。何か勘違いが起こっている。問題なんかどこにも、何もないのに、いさかいが起ころうとしている。

何が言いたいのって? つまり、向こう(人間、あるいは猿)が何かをしてきたからといって、我々(猿、あるいは人間)にとって、それがマナーに違反しようとするものであったり、攻撃の意思を示すものであるとは言えないってこと。向こうが何かをしてきたとき、いちいち相手に付き合って、怒ったり泣いたりしてあげる必要はないんだよ。そうやって、相手の土俵に乗ってしまったら、馬鹿をみたり損をするのは自分のほうなんだよ。

相手が自分を傷付けようとしたり、汚してきたときに、それを怖いとか恥ずかしいとか思う必要はない。それは往々にして、プロトコルミスマッチ以上のものではないんだから。相手を指して「あいつは猿だ、猿だ。猿は嫌いだから死ね」と言うのは、人間のやるべきことじゃない。猿のことを気にするのは、人間ではなく猿のやること。猿なんかのことは、放っておいてやればいいんだよ。猿に悪気はないし、あなたが適切に振る舞えば、それ以上のことはしてこないから。

だからね、お嬢ちゃん。あなたは怒る必要はない。悲しむ必要もない。あなたは何も汚れていないし、何も悪いことをしていない。そのことを、ちゃんと分かっている。分かっている人がいる。だから、そんなことでいつまでもくよくよして泣くのはやめてほしいな。
2007-01-19 10:52:12 / ふじさわ / Comment: 2 / Trackback: 0

2007-01-17

# 言葉の重みを分かろうとする

Say::So? - 努力とかいいわけとか自戒をこめて
 思うに「言い訳をするな」は本人が本人に向かってのみいえることばで周りの人間が言うと傲慢でしかない(子供に対しては別)。周りの人間がせいぜいできることは「どうして言い訳するのか」と質問を重ねて本人に問題を気づかせることぐらいじゃないだろうか。別に聞いた人が問題を解決する必要はないし、理解することもない。ただ質問を重ねて問題を突き詰めれば、言い訳をする本人に現実を突きつけたり、にっちもさっちも行かなくなってしまっている人に余裕をあげたりすることはできるんじゃないかな。

うん。そう。この人はいいことを言うな。(「別に聞いた人が問題を解決する必要はないし……」以降はちょっと異論を持つけど)。

世の中には無責任な言葉が多いと思うんだよね。「努力しろ」とか「死ねばいいのに」とか、無責任に発せられる言葉を、無防備に受け容れないほうがいい。そういう言葉を受け取ったときは、いったん深呼吸して相手の目をじっと見てみる。あるいは、即座に反応せずに自分のペースで生活をし続けてみる。そうすることで、相手の言葉の重みや、責任感というものが分かると思うんだ。

「世の中には無責任な言葉が多い」というのは、1つの重要な知恵でね。よぅく肝に据えておいたほうがいい。それは、自分が必要以上に傷付かないために重要だし、「自分が無責任なことを言って誰かを傷付けていないか」とつねに確認するためにも重要だから。言葉を容易に受け容れないこと、言葉を軽々しく発しないこと。あまり語られていないけど、とても重要なこと。

あと、こういうことを言うと、嫌な人もいるかもしれないけど。実はね。誰かが発する無責任な言葉に反応しがちな人は、無責任なことを言ってしまいがちでもあるから、気を付けたほうがいい。誰かの無責任な言葉に反応しがちというのは、自分のペースを守れていないということなんだよね。自分のペースを守れない人は、誰かほかの人のペースも乱しがちなんだよ。

ペースを乱してしまうのが、一概に悪いとは言えないけど。でも、相手のペースを理解するのは良いことだと思うんだ。人間にはそれぞれペースがあって、そのペースでしか動けない。それを無理に変えようとしたら、大きな問題が起こる。これは、自分にも言えることだし、誰かほかの人についても言えること。自分のペースを大事にする人は、ほかの人のペースも大事にする。ペースというのは、リズムであり呼吸であり、生き方とさえ言えるかもしれない。そういうものを意識してみるのは大事だと思うんだ。
2007-01-17 08:10:38 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2007-01-16

# 情報アクセスにおける空間と言語

お気に入りのサイトを見るというのは、情緒的であり受動的な行為なんだと思ってる。

「インターネット遊びをしよう」と思ったとき、人間はブックマークを開いてくつろいだ気分で、「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」とサイトを選ぶ。

先に文字が頭に浮かんでいて、それを見に行くのではない感じ。
先に幸福なイメージがあって、それが自分に語りかけてくるような。

何か食べたいものが決まっていて、お店に向かうようなやり方じゃなくて、
食べ物がいっぱいある中から、それを選びたいという感じ。

ひとことで言えば「気分」。

気に入っているとか、くつろいでいるとか、
そういう情報は人間の感性に結びついていて、空間的に心の中に配置されている。

そういうことだとぼくは解釈しています。
2007-01-16 12:59:17 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2007-01-15

# スパム対策

気が付いたら、スパムコメントにやられてた。1か月半ぶり。momoka.cgiでは、ここで書いたスパムフィルタを動かしていて、1か月半の間は完璧に防衛していたことになる。件のフィル、原理上穴はあるけど、一応実用的に使えそうです。
2007-01-15 21:44:47 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2007-01-13

# マリンタワーが営業終了!?

#f
 当社は45年間にわたり「横浜マリンタワー」と「氷川丸」の両施設の運営を行って参りましたが、本年12月25日(月)に両施設の営業を終了し、12月31日(日)を以って、会社を解散することとなりました。
 創業以来、「横浜マリンタワー」に約25百万人、「氷川丸」に約23百万人、両施設合計約48百万人の方々にご来場いただき、横浜のシンボルとして広く市民及び観光客の皆様にご愛顧いただいて参りましたこと、及び永年にわたり関係者の皆様から頂きました絶大なご支援に心から感謝申し上げます。
 なお、「横浜マリンタワー」は横浜市に、「氷川丸」は日本郵船(株)又はその関係先に譲渡する予定です。 

知らなかった……。2006年の12月25日に営業終了してたんだって。一応、取り壊す予定はいまのところないようだけど、しばらくはマリンタワーに登れない。マリンタワーってけっこう好きなんだけどなぁ。風が吹くとグラグラ揺れて、ジェットコースターなんかよりよっぽど怖くて楽しい(皮肉じゃなく、いろんな意味で本当にリアリティがあって面白い)。

「横浜に住もう」と決めたとき、当然ぼくの頭の中にもマリンタワーに登った思い出があったわけで。マリンタワーというのは、ランドマークタワーなんかでは代替できない重みと魅力があると思うのだけどなぁ。しばらくは取り壊されないと思うけど、心配。あと、他人事じゃなくてなんか考えたほうがいいのかなぁ。
2007-01-13 12:19:39 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

# おめでとうございます、は言いにくい

「おめでとう」って言いにくい言葉だなぁと思う。
自分の中では、「おめでとう」という気持ちは、あまりない気がするから。
ぼくが自分勝手だからなのかもしれない。
「おめでとう」というよりは、「ぼくはうれしい。ありがとう」のほうが近い。

「おめでとう、おめでとう、おめでとう」。これでうまく伝わるかな? 
2007-01-13 11:26:55 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0
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