メッセージ。 - 昔はそういうこともあったかな、という話。
# 昔はそういうこともあったかな、という話。
ネコプロトコル - WEB上で気になるあの人に気持ちを伝えたいとき、なんでおれたちはメールではなくWEBで記事にするんだろう。
メールで「好きです」って伝えたら、結果がいいものであれ悪いものであれ、「で、これからどうしよう。おれらこれからどうしよう?」という方向に行かざるを得ない。そこに進みたくないから、Webみたいなところで、くたっとした告白をするのではないかなぁ。
「あなたのことが好きですよ。でも、別にどうこうしたいわけではないですよ」という感じ。プラトニックな感じにも似ているかもしれない。どんな願いにせよ、それを手に入れるということは、それを壊すことに等しいし、本当に欲しいものは手に入らないものだと、ぼくらは知っている。
だからぼくらは、それに触れたいけれども触れたくない。触れて壊してしまうことを畏れる。そして逆に、そういう感覚をお互いに理解しているからこそ、双方完全なノーガードになることもたまにある。「ぼくは○○さんのことが好きだ」、「私も△△さんのこと好き」。それで終わる。いや、終わらないのだけど、そこで時間が止まってしまう。
そういう感じを、たくさんたくさんおもちゃ箱にしまって、ぼくらはゆく。いつまでもいつまでも歩いてゆく。たまに空を見上げながら。
メールで「好きです」って伝えたら、結果がいいものであれ悪いものであれ、「で、これからどうしよう。おれらこれからどうしよう?」という方向に行かざるを得ない。そこに進みたくないから、Webみたいなところで、くたっとした告白をするのではないかなぁ。
「あなたのことが好きですよ。でも、別にどうこうしたいわけではないですよ」という感じ。プラトニックな感じにも似ているかもしれない。どんな願いにせよ、それを手に入れるということは、それを壊すことに等しいし、本当に欲しいものは手に入らないものだと、ぼくらは知っている。
だからぼくらは、それに触れたいけれども触れたくない。触れて壊してしまうことを畏れる。そして逆に、そういう感覚をお互いに理解しているからこそ、双方完全なノーガードになることもたまにある。「ぼくは○○さんのことが好きだ」、「私も△△さんのこと好き」。それで終わる。いや、終わらないのだけど、そこで時間が止まってしまう。
そういう感じを、たくさんたくさんおもちゃ箱にしまって、ぼくらはゆく。いつまでもいつまでも歩いてゆく。たまに空を見上げながら。
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