メッセージ。 - 完全なものは美しいか
# 完全なものは美しいか
僕は「愚かで馬鹿でかっこわるい自分、事ある毎にボロが出まくりの自分」が嫌いだし、「理論的に矛盾なく筋が通った賢くてかっこいい強固な自分、ボロの出ない自分」が好きだ。今の自分がそうであるかどうかではなく、そうありたいと思うのだ。
ええー!? これはぼくは逆だなぁ。ぼくは、「愚かで馬鹿でかっこわるい自分、事ある毎にボロが出まくりの自分」が好き。「理論的に矛盾なく筋が通った賢くてかっこいい強固な自分、ボロの出ない自分」にはたいして興味を持てない。
だって、理論的に矛盾なく、筋が通って賢くてかっこよくて、ボロが出ないなんて、計算機でいいじゃん。とくに、計算機がコモディティ化したいまのご時世なら、そんなのは低コストで実現できてしまうよね? だったらそういうのには、あまり価値はないような気がする。
むしろ逆に、愚かで馬鹿でかっこわるくて、事あるごとにボロが出まくりで、だけど味のある、意味のある、好きになれる何かのほうが、いいじゃん。論理的じゃなくて、汚なくて、愚かで、なんの価値もなくて、どうしようもない何かのほうが愛せるじゃん。
たとえ1000年前、10000年前に生まれたとしてもそう。神さまのように完璧なものよりも、不完全な人間や動物や草木や月夜のほうが、語り合うに値する。そういうもののほうがかっこいい。ぼくにとっては。彼らとこの世界の美しさを語り合いたい。彼らこそがこの世界の美しさだと思えるし、自分もそうありたい。
Comment
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?この空の下で?のエントリもそうだった。
私もきみに、たくさんもらってるよ。
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たいしたこと書いてないし、読み返してみると矛盾だらけで
「なんじゃこりゃー!」と思います。自分でも。トホ。
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言及ありがとうございます。
——を評価された実感がない、何かを「個性的にできる」事ではなく「上手くできる」ことばかりを評価された実感しか持っていないから(事実はどうか分からないですが、自分ではそう思っています)、自分は、このように考えるのかもしれません。
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Piroさんの日記はたまに拝見させてもらいますけど、
率直に言って、いいなと思いますよ。
絵がうまいとか、コードが役に立つとかじゃなく、
人間として尊敬できるものがあるように思います。
いや、ほんとに。
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