メッセージ。 - 心身脱落まで行けるといいなぁ、みたいな

# 心身脱落まで行けるといいなぁ、みたいな

あーだめだ。仕事がそろそろ佳境なのだけど、気ばかり焦って前へ進まない。
おまけに、(ここに)書きたいこともうまく表現できないし。さらに新しく書きたいことが出てくる。グダグダ、ウダウダ。と前置きしておいて。昨日の日記のリンク先で1つ感じた違和感。

 
 > 2006年06月24日 ittuan 『レイプ=妊娠させられることへの恐怖なのではないかと直感的に思った。』
 
 これは、はっきり言って違うと思います。男性だったら、自分より大きく力の強い男性にレイプ目的で襲われることを想像してみてください。無理やり服を脱がされ、性器をさらけだされ、(ま、男性でしたら排泄器官に)挿入される。しかも自分がそのような目にあっている間、暴力を振るっている当人は快感を感じている訳です。男性なので妊娠への恐怖は全くないのにも関わらず、恐らく、単に暴力を振るわれる以上の恐怖と嫌悪を感じると思うのですが。

これがぼくには良く分からない。その状況を想像してみるのだけど、恐怖と嫌悪を感じそうにないのです。なんでだろう…(´・_・`)…。

なんつーのかなぁ。自分を攻撃して暴力を振るって、喜んでいる人を見たとしても、悔やしいと思わないし怖いとも思わない気がする。同じ土俵に乗れないというか、乗りたくないというか、乗るつもりがないというか、スイッチが入らない気がする。

最近暴力というものを身近に感じたことがないので、なにかが鈍っているだけなのかもしれないけど。もしかしたら、そうなったときぼくは、「こういうことで喜びを感じる生き物がいるんだなぁ」みたいな感じで傍観してしまうかもしれない。なんというか、インタラクションする気が起きない。感情移入しない。

たとえば、「無理やり服を脱がされ」と言うけど、「服」という概念を自分が理解していなければ、それを「脱がされ」たとしても、なにも思わない。「あ、体についているなにかヒラヒラが取れた」みたいな感じ。暴力を振るわれたら痛いだろうけど。でも、「痛い」ということが何か恐怖や嫌悪につながるかどうか、よく分からない。

というようなことを思ったので、書きたくなったので、書いた。
2006-06-26 13:50:20 / ふじさわ / Comment: 2 / Trackback: 0

Comment

# 経験が感情を作るという考え方

はじめまして。シロイ・ケイキと申します。

>これがぼくには良く分からない。その状況を想像してみるのだけど、恐怖と嫌悪を感じそうにないのです。

それはおそらく、そういう状況にリアリティを感じたことがないだけなのではないでしょうか?

全然関係ないように思える話ですが、私は子どもの頃、飼い猫の具合が悪くなって、親が獣医に連れて行ったとき、「死ぬかも」と冷静に判断したのですが、全然悲しくなかったのですよ。かわいがっていた猫だったのに。
不思議だなー、なんで悲しくないのかなー、と考えていたら、親が亡骸となった猫を連れ帰ってきました。
そしてその亡骸を見た瞬間に、私は泣き崩れました。殴られたような衝撃がありました。

悲しくなかったのは、子どもだから身近な存在をうしなった経験がなかったのもあり、いくら想像をめぐらせても、リアリティを持てなかったからなのだということが、そのとき自分でもわかりました。
現実に亡骸となった猫を見た瞬間に、想像など吹っ飛ばすほどの衝撃がありましたから。

小説やマンガなどでも、昔は読んでも全然泣かなかったものを、人生経験で感情の引き出しが増えてから読んだら、今度は涙があふれてとまらない、という経験をしたこともあります。

ふじさわさんをはじめとする多くの男性は、自分がレイプ目的で襲われるという想像をしたことがほとんどないし、そういう脅威を身近に感じたことがないし、そんな想像にリアリティを感じないから、ぴんとこないんじゃないかなーと、私は勝手に推測します。


ちなみに、私の男性の友人でひとり、レイプや痴漢の問題に対して、明らかに他の男性とは違った反応をするひとがいました。
普段は男性らしいのに、その問題に関してだけは女性に近い感覚を持っているように感じられたので、興味深く思っていたのですが……
その後、彼は小学生時代、満員電車の中で痴漢に遭い、半ズボンからむきだしになっていた太ももをさわりまくられて、とてつもない恐怖と衝撃を感じたことがあることや、長じてのち、ヨーロッパ旅行に行った際、博物館のトイレでゲイの男性に襲われて、ぎりぎりのところで逃げ出した経験があることがわかりました。

彼はそういう経験のおかげで、レイプや痴漢の問題に対して、すさまじい「リアリティ」や「脅威」を感じるようになったわけです。


ですから、ふじさわさんも、自分よりもはるかに身体が大きくて力の強い人間に、実際にレイプ目的で襲われるようなことがあれば、感じ方も変わるのではないかと思いますよ。
もちろん、そんなことは起こらないことが一番ですので、そういうリアリティは一生感じないままでいてくださったほうがよいのですが。
2006-06-28 10:03:09 / white_cake / Comment: 0 / Trackback: 0

# 暗い世界の向こうで

シロイさん、ここでははじめまして。
コメントどうもありがとうございます。

実際に経験していないからリアリティを感じないのかなというのは同感です。ぼくもついぞさっきまでそう思っていたのです。でも、シロイさんからいただいたコメントを読んで、ちょっとぼくの場合は違うかもと感じるところがありました。

2つ思い出したのですが、1つ目は痴漢の問題です。ずっと長いあいだ忘れていて、いままでずっと誰にも話したことがなかったのですけど……。そういえばぼくは、小学生のころ異常性愛者のおっちゃんと対峙したことがありました。対峙っつーか、いわゆる悪戯をされました。

あのときも、嫌だったけど、やっぱり怖いという感じじゃなかったなぁ。だんだんおっちゃんと話すのが嫌になってきたのだけど、離してくれなくて、ノーと言えなくて。すごく暗くてぬめぬめとした沼の世界に、迷いこんで、もう帰れないんじゃないかと感じたように記憶しています。でも、あのおっちゃんは怖くなかったんじゃないかな……。あのおっちゃんがというよりは、おっちゃんのいる世界が、怖かったような気がします。

これはレイプ目的じゃないので、比較できないかもしれないのですが、まぁそんなこんながありました。なのでぼくにはそういうことに対するリアリティが、まったくないわけじゃないように思うんですよね。でもまぁ、すごく昔の1回だけなので、リアリティを感じさせるほどではないのかもしれません。

それと2つ目は、猫が死んじゃった話。ぼくも小学校のとき、一緒に住んでいた猫が、死んじゃったことがあります。悲しかったけど、ぼくはどうしても猫の死を、実感として悲しめませんでした……。それは、自分の死の予感としては悲しいのだけど、あの子(猫)の死として悲しめないんです。純粋な、抗いようのない悲しみの力みたいなのが感じられない。自分はおかしいのではないかと思いましたし、いまでも思います。

んー暗い。暗いなぁ。ごめんなさい。
2006-06-28 14:12:06 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0
コメント投稿機能は無効化されています。

Trackback

TrackBack投稿機能は無効化されています。