メッセージ。 -

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「生放送であっても、いやそれだからこそ、抜粋するなら最低限度のところは押さえるのが、協力を依頼した側の責任だと私は思います。」

それは全くその通りです。でですね、それが(時間的に、あるいは能力的に)出来ないことがままあるわけですね。何が最低限度かっていうのさえわからないのかもしれないわけですから。その場合、どうしたら制作側が「責任を取れる」とお思いですか。放送内での訂正? 謝罪? それで何か変わりますでしょうか。

大野さんが一番欲していることは何なのでしょう。

- ジェンダー論について、マスに届くメディアを使って広く興味を持ってもらいたい
- 自分のプライドと名誉を回復してもらいたい

私は前者だと思って議論しています。だとしたら「抗議」はむしろ逆効果で、プロデューサもしくはディレクターに「今回の放送はこういう点で失敗だった、こうすればもっと面白くできた」と気づかせることこそが重要ではないでしょうか。その過程で大野さん自身に興味を持ってもらえれば、次の機会にはもっと企画の早い段階から参加を求められるかもしれません。上の目的に一歩近づくわけです。その方向で対話を継続されているなら、良いことだと思います。

「そこまでの労力は割けない」というのであれば、すっぱり関わらないのが良いと思います。メディアは伝えたいことがある人が伝えるために使う道具なんであって、それに使われてしまうのでは本末転倒ですから。
2006-07-08 18:27:20 / shiro / Comment: 0 / Trackback: 0

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