メッセージ。 - ふと思ったこと

# ふと思ったこと

小学校のとき、授業で、「春夏秋冬のうちどれが好きですか?」と尋かれて困った。
好きな季節なんかなかったし、季節自体をそれほど意識していなかったから。
それでまぁそのときは、「強いて言えば秋」みたいな感じで答えたんだったと記憶している。

まぁいまも「なんとなく秋が好きかな?」という感じなので、あのときの感じは間違っていないのだろうけど。
ただ、ふとなんとなく、今日、それって決めなきゃいかん事柄なのかなぁ? と疑問に思った。

春も夏も秋も冬も好きな人がいたっていいじゃないか。あるいは全部嫌いな人も。

なにかを好きにならなければいけないのだろうか。
なにかとなにかを、区別しなければいけないのだろうか。

一年を春夏秋冬で分けるという考え方って、妥当なの?

たとえば空の星座が、蟹やオリオンや、白鳥になんて見えやしないと思うように、
一年というものが、春と夏と秋と冬からできているということが、
ぼくには本当は、よく分かっていないなぁ。
2006-07-16 07:07:09 / ふじさわ / Comment: 3 / Trackback: 0

Comment

# 区別は要るんじゃないでしょうか

よく「虹は何色でなりたっているか」という話がありますね。
国や民族によってずいぶん違うそうで。
だからといって「○○色なんて言葉は人の勝手であり、意味はない」とは言えないと思うんです。
ある一定の範囲を一定の言葉で共有しないと、意思の疎通はできない。言葉は意思疎通の道具としては不完全だけど、最も一般的なわけです。
だから四季や星座の名前は必ずしも適切で万人に通じるわけじゃないけど、それを使うしかないのが「人間」だと思います。
そこで何かの好悪を語るべきか否かは、ちょっと難しいですけど。
2006-07-16 08:53:20 / Hi-Low-Mix / Comment: 0 / Trackback: 0

#

四季がほとんど無いところに住んでいると、日本の季節が懐かしいです。
虹の色もそうだけれど、違いがあるのは確か。但し線を引くのは人間。

既存の区別にとらわれずに変化を感じてみるのも一興だし、
それまで見過ごしていたのに、区別を知って初めて気づく違いもありますしね。
2006-07-16 14:31:27 / shiro / Comment: 0 / Trackback: 0

# Hi-Low-Mix...

Hi-Low-Mixさん、shiroさん、コメントどうもありがとうございます。
お二人のコメントを拝見していて、中学のとき、国語の先生が言っていたことを思い出しました。

「よい物書きは、犬の鳴き声を『ワンワン』とは書かない。風の音を「ヒューヒュー」とは表現しない」

と言っていたんですよね。それはやっぱり、人の心を動かす表現には、「自分の耳に聞こえたものをそのまま表現したい」という作家の感性というか、視点が重要だという指摘だったと思うんです。

標準にしたがった表現ではなく、むしろ自分の感性にしたがった表現が、ときに人の心を動かすのかなぁと。

とはいえ、言葉という標準にしたがわなければ、意思の疎通ができないのも確か。四季の区別も、星座も必要なものなのだろうと思います。ただ、人間にとって言葉は必要なものでしょうけど、言葉に超然と対峙する姿勢もまた必要なのかなと、いまは考えています。

また、この話題って、以前shiroさんからいただいたコメントともつながっているような気がします。
2006-07-16 15:59:14 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0
コメント投稿機能は無効化されています。

Trackback

TrackBack投稿機能は無効化されています。