メッセージ。 - コンビニという標準API
# コンビニという標準API
コンビニってのは優れたシステムだな、と思う。たとえば、ぼくはコンビニをよく利用する一方で、街の食堂や雑貨店にはめったに行かない。なぜかと言うと、街のお店に行くのが怖いからなんだなぁ。
コンビニというのはどこにでもある。あるコンビニの使い方を覚えたら、別のコンビニに行っても不自由しない。標準化されたシステム。子供のころからコンビニを使っていたぼくにとって、それは「全国どこに行っても利用できる」魔法のシステムとなっている。
逆に、街のお店はそうじゃない。お店によってメニューやマナーは違うし、人間的なやり取りが要求される。地域のお店は、単に金銭と物品を交換するだけではない機能を担っていて、それらを利用することは、「地域の人間になる」ことを意味している。
横浜に引っ越してきてもう何年もたつけど、どうもぼくは地域のお店に行く気が起きない。それがなぜかと考えているのだけど、もしかしたら横浜の人間になる意思を、ぼくが持っていないせいかもしれない。どうもこの街に受け容れられている気がしないし、ぼくがこの街を受け容れる余裕もない。
この街には、知っている人がいない。好きな人がいないし、ぼくを好きでいてくれる人もいない。コンビニという標準APIさえあれば、ぼくの生活はこの街に接続しないでも継続させられる。異邦人のまま、この街にとどまることができる。それは、街という機能の可搬性を高める抽象化であり、人というリソースの可搬性を高める抽象化なのだろう。
コンビニというのはどこにでもある。あるコンビニの使い方を覚えたら、別のコンビニに行っても不自由しない。標準化されたシステム。子供のころからコンビニを使っていたぼくにとって、それは「全国どこに行っても利用できる」魔法のシステムとなっている。
逆に、街のお店はそうじゃない。お店によってメニューやマナーは違うし、人間的なやり取りが要求される。地域のお店は、単に金銭と物品を交換するだけではない機能を担っていて、それらを利用することは、「地域の人間になる」ことを意味している。
横浜に引っ越してきてもう何年もたつけど、どうもぼくは地域のお店に行く気が起きない。それがなぜかと考えているのだけど、もしかしたら横浜の人間になる意思を、ぼくが持っていないせいかもしれない。どうもこの街に受け容れられている気がしないし、ぼくがこの街を受け容れる余裕もない。
この街には、知っている人がいない。好きな人がいないし、ぼくを好きでいてくれる人もいない。コンビニという標準APIさえあれば、ぼくの生活はこの街に接続しないでも継続させられる。異邦人のまま、この街にとどまることができる。それは、街という機能の可搬性を高める抽象化であり、人というリソースの可搬性を高める抽象化なのだろう。
Comment
# モジュール化
慣れた味しか受け付けないのかな、とも思っていましたが、このお話を読んで近いものを感じました。
アメリカはその広い国土に対応していく中でさまざまな事柄をモジュール化していったようですが「マクドナルドで食べる」という行為もそれにあたるのかもしれません。
日本も以前と比べ流動性が(部分的ながら)高まっているようですから、さまざまな意味でモジュール化が進展しているのでしょう。
その是非はともかくとして。
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っていうか個人的に、ファーストフード系は気軽に入りやすいのでコンビニ的によく利用しています(笑)。
それにしても、アメリカ人の人は海外旅行中でもマクドナルドで食べるのですかぁ。
逆のイメージがありました。「欧米の人は、旅先で毛色の違うものを好む。日本人は団体行動をしてステレオタイプな外国像を楽しむ」って感じです。ふむ……。とにかく参考になりました。ありがとうございます。
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えー。カウントされてないし(笑)
今度はmixiにも更新が反映されない >_<
もしかして、意図的に避けてる?
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あーバレちゃった(w。っていうか、まぁあれは語弊のある表現ですね。
なんていうのかなぁ。そういう気分になることもあるっていう感じ?
そういう気分って、嘘じゃないと思うんですよね。一面で真実を突くものがあるかなぁと。
>今度はmixiにも更新が反映されない >_<
>もしかして、意図的に避けてる?
うはwww。そんな器用なことできませんっす。たしかに反映されてないけど、なんでだろうねぇ……。
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