メッセージ。 - あーなんかすみませんすみません。ワーキングプアについて。

# あーなんかすみませんすみません。ワーキングプアについて。

えーと。一連のエントリはワーキングプアの問題について書いてます(w。
たまたまテレビつけたらやってて、見ちゃったんですよね。

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昔テレビで、あるプロ野球選手の半生を紹介していた。
1960年ごろなのかなぁ。その人がどこかの球団からスカウトされて
「プロ野球選手になりたい」って親に話したら、
「馬鹿野郎! そんなもので飯が食えるか!」と怒鳴られたとかなんとか、そういう話。

そのとき、この親父さんは遠いとこ見てるなぁと思った。
だって、野球だよ? 遊びじゃん。遊びをすることで、誰かがご飯代を支払ってくれる。
それはたしかに、おかしい。

おなかがすいたとき。
原始人なら、獲物を捕らなければ食べ物にありつけなかった。

でも、

弥生時代になって、農作業をするという選択肢が加わった。
中世になって、商売をするという選択肢が加わった。
近代になって、「プロの野球選手になる」という選択肢が加わった。

でも、基本は同じだ。
獲物を捕るのと同じ価値があるならば、それをして飯を食えるけれども、
獲物を捕るのと同じ価値がなければ、飯を食えない。それだけだ。

農作業をすれば、食べ物が直接得られる。
商売をすれば、食べ物を流通させて誰かの役に立ち、食べ物が得られる。
でも、野球をやって見せることで誰の役に立つというのか。
野球などというものが職業として成立するための構造は、
どういったものか考えたことがありますか?という問題だ。

プロ野球なんてものが成り立つのは、娯楽が必要だからだ。
国民が同じものを見、同じように感じ、「どこの球団が好きか」という
共通の会話を提供するために存在している。
「どこの球団が好き?」と聞いたとき、ヤンキースという答は想定されていない。
巨人か阪神か大洋か広島か。とにかく、なにか暗黙の前提が共有されている。

それこそが、ご飯代を提供しているパトロンだ。
自分たちが同じ国の国民として存在していると思わせる
プロパガンダのために、つまり「国」としての管理コストが
ご飯代を提供している。

そういった浮世の霞みたいなものを生活の基盤にすえて、
人間というものはいったい生きられるのかどうか。
プロパガンダに利用される生き方を、そんなに無邪気に是としていいのか。
あなたは生涯を、誰かのプロパガンダに捧げるのか?
それがあなたの幸せなのか?
そういう問題を、あの親父は論じていた。

ワーキングプアも同じことが言えると思う。
働いているのに収入が生活保護以下だって?
働くってなんだっけ? 生活保護ってなんだっけ?
働くということの意味を、もう一度考え直してもいいころなのだと思う。
2006-07-25 13:48:14 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

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