メッセージ。 - 失敗するのもまた楽し
# 失敗するのもまた楽し
こういうプロジェクトの問題は、失敗することではない。ITの世界で、プロジェクトが失敗するのは当たり前である。問題は、このように失敗を隠蔽してしまうため、その教訓が生かされないことだ。日の丸検索エンジンとよく似ている「シグマ計画」も、多くのエンジニアのトラウマになったが、その事後評価はおろか、痕跡さえウェブには残っていない。
たしかに、失敗するのは当たり前なんだよね。仕事なんかをやっててもそうだけど、日々の単純労働から複雑なプロジェクトまで、普通にうまくいくケースのほうが少ない。たとえば、「朝から会議があったのに忘れてて寝坊した」とか、「ある人に仕事を頼んでいたのに、期日までに結果をもらえなかった」とか。うまくいかないと困るけど、個人的にはもうしょうがないと思っている。
たとえば、人と話をしていても、「この人はクセがなくて、鋭い洞察ができて、しかも常識人だな」みたいなことはほとんどない。たいていの人は、クセがあってちょっと足りなくて(あるいはちょっと過剰で)、普通じゃない。
話をしていてもストレートに意味が伝わらなかったり、どこかでミスがある。彼らが普通じゃないのだから、プロジェクトの成否だって、同程度に、「普通に思ったとおりの結果になる」ことはない。
でも、それでいいんだと思う。衣類の染み抜きをするように、人間からクセを抜くというのは不可能だから。逆に、「クセはあるけどそれをうまく生かすのが面白い」と考えたほうがいい。たまに失敗するのも、愛嬌だと思ったほうがいい。だってそれで、十分楽しいじゃん? 十分役立つじゃん? そう思うのだよね。あと、人というのは、予想外にダメなこともあるけど、予想外に素晴らしかったり、優しかったりすることもある。それがいいんだよね。
……何を言いたかったんだっけ? あ、そうそう。失敗を隠すという話。こういうのは、マスメディアにもあるような気がして、書いておこうと思ったんだった……。メディアの現場に触れて思ったことがあるのだけど、どうも彼らは、「良いことしか書かない」というのがポリシーのようなんだなぁ。
たとえばパソコン雑誌とかにしても、「こうしたら、こんなことができる」みたいなことを書いて、それによる弊害とか、うまくいかない条件とかは書かない。「やってみたけどうまくいかなかった」というのは記事にならない。「そんなことを載せてもしょうがないから」というような根拠でそうしているみたい。悪意があるとかじゃなく。
それがなんか違和感なんだよね。「良いことしか書かない」というスタンスは、本当に読者や視聴者のためになっているのか疑問なんだなぁ。「良いことしか書かない」というのは「結果しか伝えない」ということでもあるし、言いっぱなし、書きっぱなしになりやすい。本当は、結果に付随して過程があるはずで、たくさんの失敗があってこそ良い結果が出ているはずだと思う。
そうした失敗を、どんな風に乗り越えたのか、何を思って諦めずに頑張ったのか、そういうところまで伝えたほうが、面白かったり役に立ったりするような気がするんだよなぁ……。
どんなに不味いラーメン屋だって、「こんなにも不味い」と言って笑うことができる。どんなにダメな、のび太のような人間だって、「あんなにダメなやつも頑張ってるんだ」と人を慰めることができる。ダメな人間だって、そのことを笑い飛ばせるなら、ダメであることが価値になる。ダメであればあるほど、人の役に立てる。それは、うれしいこと。素晴らしいことだよね。だから、笑い飛ばすんだ。ぼくらは笑いながらゆくんだ。
Comment
Trackback