メッセージ。 - 暮れなずむ空の下で

# 暮れなずむ空の下で

計算機を使うのは、真っ暗になった部屋の中で物を探すときの感覚に似ている。
暗闇の中で、どこに何があるかは手探りでないと分からない。
あるものに手を触れたら、そこにあるものの感触からそれが何かを類推し、
さらに別の場所に手を伸ばす。

「机があるな、ということは右側にドアがあるはずだ。
ドアノブがこの高さにあって、ドアの向こう、数歩進んだところに
トイレがある。アイテッ。そうか、ここにはゴミ箱を置いてたっけ」

暗闇の中で、人は記憶を頼りに、見えないものの配置や自分との距離を割り出す。
記憶がなければ、それはのっぺりとした稠密空間で、どちらに向かってどれだけ
進めば良いか見当も付かない。

暗闇の中では、ほんの数歩先に何があるかも分からず、
ちょっと雑な動きをするだけで惨事を引き起こす。
そこをスイスイと動けるようになるためには、
稠密空間と自分の身体の動きとを関連づけ、
稠密をあつかえるだけの距離感覚を体で理解する必要がある。

それは型だ。武道や舞踊における型の概念。
型を覚えることで、やっと人間はその空間を自由に歩きまわることができる。
ただし、記憶にない場所に連れ出されると、自由はすぐさま失われる。

計算機が人を驚かせとまどわせるのは、その空間性のゆえではないか。
いままで人は、海も空も、砂漠も氷原も踏破してきた。
それらはすべて、視界の利く範囲だった。
そして今回、人類は視覚の届かない範囲、夜の世界に足を踏み入れた。

それは、もしかしたら思った以上に大きな転換なのかもしれない。
2006-08-03 18:00:41 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

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