メッセージ。 - 『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』を観た

# 『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』を観た

岡田斗司夫のプチクリ日記: 「オトナ帝国の逆襲」についてで紹介されていた映画。DVDで借りてきて観たのだけど、すごく面白かった。いままで観た映画の中でも一番面白かったと言っていいぐらい。以下ネタバレありなので要注意。ストーリーをざっと書きますね。

あるとき、しんちゃんたちが暮らす春日部に「20世紀博」がやってきた。そこは、20世紀の街並を再現した家族向けアトラクション施設。20世紀の街並に、20世紀の食べ物、20世紀の流行歌、20世紀の生活を思う存分楽しめる街。大人たちは夢中になり、誰も彼もが20世紀を懐かしみはじめた。ところがある朝、大人たちは急に大人であることをやめてしまった。仕事や家庭を放棄して、20世紀博に行ってしまったのだ。「悪の組織、イエスタデイ・ワンスモアに操られている」。そう勘づいた子供たちは、大人を助けに20世紀博に乗り込み……。といった感じ。

岡田さんは、
  この映画のテーマは「家族の素晴らしさ」「現在の素晴らしさ」ではない。
とネガティブに表現しているけど、ぼくはやっぱり、この映画の趣旨は「家族の素晴らしさ」、「現在の素晴らしさ」ではないかなぁと思った(大きな変化球ではあるものの)。

この映画は、ラストの直前までノスタルジーの素晴らしさを肯定する。それは確かに、現代に疲弊した我々の心を代弁している。「あのころはよかった」というメッセージで見る人を共感させ、現代に何もないと確認する。そのクライマックスが、岡田さんも挙げている、父ひろしが目を覚ますシーンだ。

  夕焼け迫る大阪万博会場、太陽の塔の前。ひろしは幼い姿、しんのすけと同年代の子供として登場する。
 「月の石をみたい!」「あんなただの石、見るために3時間も並べない」「ただの石じゃないもん!アポロが月からとってきた月の石だもん!」
  泣きじゃくるひろしの後ろに、いつのまにかしんのすけが立っている。
 「父ちゃん、迎えに来たよ。お家に帰ろう」
  抑えたセリフが逆に緊張感を盛り上げる。しかしひろしはしんのすけを、「大人になった自分」を認めようとはしない。
  
  靴下の匂いというギャグを交えた仕掛け。幼い頃のひろしから始まって、セリフいっさいなし・モンタージュのみの奇跡の長尺回想シーンの末、ひろしは目を覚ます。

でも、目を覚ましたひろしは泣いている。地面に横たわり、小さな子供のように目を閉じて泣いている。それは、現代に生きることのつらさ、かつて生きた時代の素晴らしさを捨てるつらさが原因だったとぼくは思う。目を覚ましたひろしは、大人としてさっと立ち上がり、しんのすけを抱き上げたりはしない。ただそっと、目をつむり泣いたまま、しんのすけを抱きしめる。そこには、「現代に生きるつらさから目を背けたい、できるならこの子を連れてあの頃に暮らしたい」という思いがあったんじゃないかとぼくは感じた。

科学に夢見ることもできず、国家というものの無力を思い知らされ、国境が失われる恐怖が迫り、何を頼りに、何を目指して生きていけばいいか分からない現代。あのころにはあった夕焼けの街や、あのころにあった温もりは、失なわれてしまった。確かに失われてしまった。あのころのほうが、現代よりも良かったじゃないか。現代には何もないじゃないか。現代に生きる人が感じている気持ち、絶望的な状況に対峙する悲しさを、強い力で突き付ける。ところがである。

「過去のほうがよかった。(しんのすけを過去に連れて行って)過去に生きたい」と願ったひろしは、もう一つの解を、観ている人の前に提示する。それは、観客たちの共感だ。この映画は、現代の空虚さ、失なわれてしまったあのころの温もりを徹底的に提示することで、観客たちに共感をもたらした。その共感は、「あのころの温もり」にほかならない。

この映画がもたらすメッセージで、大人も子供も共感する。現代に生きることのつらさや、苦しさを確認し共有する。その共感、匂いは、あのころ確かにあったものだ。ノスタルジーの世界には救いがある。そこに行きたい。だけど、「救い」は完全に失われたわけじゃない。それは現代にも作り出すことができるんだ。現代でだって、皆がちゃんと共感できるじゃないか。何がつらくて、何がほしいのか、みんなでちゃんと分かりあえるじゃないか。

そういうことを、この映画は提示した。それもちゃんと、ファミリー向け映画という枠組みの中で。そう考えると、ファミリー向け映画というものの芯の太さには感嘆する。それは時間つぶしのためのジャンルではない。子供たちに時代というバトンを渡し、未来を作るものだということを、制作者たちはとてもよく分かっている。この映画の真のテーマは、「現在を作る」ことじゃないかと思う。その問題意識と、感受性の鋭さ、子供を見つめる眼差し、そして現実に迫る迫力とスケールの壮大さ。これが素晴らしいと言わないで何と言おう。本当に、大人も子供も楽しめる映画。とても面白かったです。
2006-10-08 02:49:33 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

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