メッセージ。 - どうでもいい話の扱い

# どうでもいい話の扱い

んー。たとえば新山さんの日記なんかを読んでいると、「どうでもいいけど」という書き出しを目にすることが多い(本人もそれを自覚していてパロディにしているフシがある)。

で、その背景にあるメンタリティは、明らかに「世間一般にはきっとどうでもいいことでしょうが」だと思うんだよなぁ。「このような文章を読んでも役には立たないでしょうけど、個人的には面白いと思ったので書きますよ」という感じ。そこには、「すみませんが」とか「でも何か価値があるかもしれない」というニュアンスを含んでいる。

役に立たない文章でお目汚しをして申し訳ないとか、あなたの時間を奪ってしまって申し訳ないとか、面白い文章を書く人の中に、そういうメンタリティを持つ人がいる。ぼくはそういう人の文章が好きだし、そういう人の「どうでもいいけど」は美しいと思う。

「どうでもいいけど」をまったく別の方法で使う人もいるというのは想像にかたくなかったけど。んー。「本当は「どうでもよくない」けど、読んでいただく価値があるかとためらう」もこのリストに含まれていてほしいものだ。

 
 ・本当は「どうでもよくない」のに、興味があると思われるのは悔しいので「どうでもよい」と言ってしまう。(意識、無意識纏めて)
 ・本当に「どうでもよい」が、何らかの意図を持って話題にあげる。
 ・中身については「どうでもよい」が、その中身によって起こる現象や状態や影響について興味があり分析を加える。
2006-11-06 11:32:07 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

Comment

コメント投稿機能は無効化されています。

Trackback

TrackBack投稿機能は無効化されています。