メッセージ。 - メディアの公共性や中立性
# メディアの公共性や中立性
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これねぇ。どのマスメディアにもあることのように感じる。スポンサーや他誌やややこしい問題について、悪いことは書かないでしょ? また、偏った意見や価値のない内容も掲載しない。そうすると、書かないというのも意志表示の一つなんだけど、読者は「マスメディアとはどういうものか」を意識しながら裏を読まなければいけない。
まぁ、それ自体はblogにもある。たとえ正論だとしても、誰かの悪口は書きにくい。だって読む人が不快に感じたり面倒に巻き込まれたりすることが予想されるから。そういう意味で、どのメディアにも偏向はきっとあるんだろうな。ただ、テレビや雑誌などの既存メディアが持つ偏向が、以前よりも受け入れられにくくなっている面はあるのだろうと思う。
それは良い/悪いや社会がどう変わったという観点ではなくて、単純に選択肢が増えたからなのかもしれない。そうでないのかもしれない。
デーブも太田も、どっちもバカというか、テレビ、というか民放のパラエティが抱えている問題を露呈したシーンでしたね。西さんは、ぼくも対談したことがありますが、ああいうしゃべりが本人のペースなんですよ。それをとやかくいうのは、極端にいうと、手足が不自由な障碍者に対して、テレビなんだから、もっと手足をばたばたさせてくださいよというようなもんなんですよね。まさか障碍者に対して、そんなことはいえないから、テレビはどうするかというと、もう出演させないんです。テレビはそうやって自分たちの体質に合わない意見を、視聴者に見えない形で排除して抹殺していくんです。そこに多様な意見を番組に反映させる公共性や中立性はありません。とにかく、よくいえば、わいわい明るく元気、悪くいうと狂騒的にバカになってふさげ合う、こうじゃないとテレビじゃない(これを全社的スローガンとしたのがフジテレビ)、バラエティじゃない、そうしないと視聴率が取れないという思い込み、あるいは構造的に作られた事実の積み重ね、あるいは惰性があるだけです。
これねぇ。どのマスメディアにもあることのように感じる。スポンサーや他誌やややこしい問題について、悪いことは書かないでしょ? また、偏った意見や価値のない内容も掲載しない。そうすると、書かないというのも意志表示の一つなんだけど、読者は「マスメディアとはどういうものか」を意識しながら裏を読まなければいけない。
まぁ、それ自体はblogにもある。たとえ正論だとしても、誰かの悪口は書きにくい。だって読む人が不快に感じたり面倒に巻き込まれたりすることが予想されるから。そういう意味で、どのメディアにも偏向はきっとあるんだろうな。ただ、テレビや雑誌などの既存メディアが持つ偏向が、以前よりも受け入れられにくくなっている面はあるのだろうと思う。
それは良い/悪いや社会がどう変わったという観点ではなくて、単純に選択肢が増えたからなのかもしれない。そうでないのかもしれない。
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