メッセージ。 - diary

2019-03-27

# にゃー

やっぱり本も面白いなぁ。いい本は、ほんの数行読んだだけで、ものすごいことがさらっと書かれている。しかもそのレベルが何十ページも続く。ものすごい密度とスピードで、正直オーバーフローしている。「読む」とはどういうことか、考えさせられる。
2019-03-27 09:24:03 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

# にゃー

何が起こるか分からないからログをたくさん取っておこうとか、念のためあそこもテストをしておこうとか、そういうのは教科書に載っていない。そして、「教科書に載っていないことはやらない。ファーストクラスの要件には入れない」というエンジニアはたくさんいる。ある程度低レイヤならそれでもいいが、アプリケーションレイヤでは、そういった泥臭い仕事も非常に大事だ。要するにギャップがある。そこここにある。人と人の組み合わせの数だけある。ギャップをすべて埋める必要はない。ただ、「必要な要件」と「現実」の間のギャップだけは埋めなくてはならない。それを効率的にやるのも、ある種のハッカーの仕事だ。
2019-03-27 09:16:04 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

# にゃー

はてなブックマークを見るのをやめて、やることがなくなった。正確な表現ではないが、簡潔にこの状態を表す言葉がほかに見つからない。とにかく、時間ができた。とりあえず、本と紙とペンを持ち歩くことにした。
2019-03-27 08:36:04 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2019-03-26

# にゃー

いま、来期の目標を立てようとしている。突き詰めていえば、それは理想と現実を明確な言葉にし、そのギャップを埋めていく方策を挙げるだけのことだ。けれども案外、それだけのことが難しい。理想を口にすると、身のほどを知れと言われるのではないか、達成できなかったらどうしようと怯え、現実を語るとあまりのちっぽけさに押しつぶされそうになる。結果、人は理想も現実も曖昧なままにし、それっぽく見えるハリボテをただ並べる。でも、こんなお飾りに何の意味があるだろうか。ひとつの問題は、心のうちを明かせないことだ。どんな理想も、現実もあっていい。どんな結果もあっていい。我々の仕事は、ただできるだけ、現実が理想に近づけるよう手助けし応援することだ。
2019-03-26 09:24:04 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2019-03-22

# にゃー

「ああすればいい」「こうすればいい」と言うのは簡単だけど、実際にそれを達成するのはダイエットが難しいのと同じように難しい。人生が難しいのと同じように難しい。
2019-03-22 09:11:03 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

# にゃー

外国人と日本人、あるいは開発と営業。それらの間には溝がある。それらの間だけではない。それぞれの人間には、個性があり考え方の相違があり、要するに文化の違いがある。

そういった背景のなか、お互いがお互いを「あっちが悪い」と思い合うという状況がよく起こる。大事なのは、その間に誰かが立って軋轢を吸収するのではなく、お互いに思っていることを伝えあい、相手が何を考えているのか、心の中に何を持っているのか、交換を手助けすることだ。

なぜなら、間に立って緩衝地帯になってしまうと、あるいは自己努力で解決してしまうと、プロジェクト自体はなんとか回るかもしれないが、相互理解や相互信頼が築けなくなってしまう。そうすると、いつまで経ってもチームはバラバラなままだ。

お互いが何を考えているのか、何を大事に思い、どこに向かって走っているのか。何を得意とし、どこをサポートしてほしいと思っているのか。ちゃんと伝えたほうがいい。そうしないとパスが通らない。ラインが繋がらない。

マネージャーの仕事には、情報をまとめて決めることも含まれるかもしれないが、単にそれだけではないとぼくは思う。情報ではなく、人をまとめる。人と人とを出会わせる。そのために信頼関係を築き、チームをビルドし、ブレイクスルーを目指す。そういうものであると理解している。
2019-03-22 08:54:03 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2019-03-20

# にゃー

そういえば、中島らもは「一人で時間を潰せるのが、教養があるということだ」と言っていたな。
2019-03-20 09:06:04 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2019-03-19

# にゃー

久しぶりにTwitterをのぞいてみたら、「あなたのつぶやきがリツイートされました」的な通知が来てた。2009年のつぶやきだったのだけど、内容は最近(2019年)にはてなブックマークでコメントしたものとまったく同じだった。よくいえば一貫しているけど、10年同じことを言ってて何も変わってないなら、もうボットでよくない?と思った。そして、この内容と同じものをまた10年後、どこかで書いてる予感。あるいは、もうすでにどこかに同じものを書いているのかもしれない。ありうる。もしくは、もうぼくはボットで、ここを見ている誰か(自分含む)ももうボットなのかもしれない。あるいは、どこかの世界から取り残された思念体か。
2019-03-19 08:48:04 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0
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