メッセージ。 - diary

2007-08-13

# 日記

「誰かを殺す能力があるからといって、実際に殺していいわけではない」っていうのには、反対だな……。
 
誰かを殺す能力があるのなら、実際に殺してもいいと、ぼくは思う。
 
少なくとも、ぼくを殺せる能力のある人は、ぼくを殺してもいい。

だって、ぼくは、これまで多くの植物や動物や、人だって殺してきたのだから。

それは、「殺していいから」殺したわけでは、全然ない。

たまたまぼくが、彼らを殺せる位置にいて、そうすることを選んだから、そうなっただけだ。

誰かから、「それをしてよい」と許されたことなど一度もないし、これからもないだろう。

ぼくは、赦されたことなどない。許されたことなどない。だけど、やっている。生きている。

だからあなたも、やっていい。殺してくれていい。

少なくともぼくにかんしては、何も問題はない。
2007-08-13 22:43:53 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

# 日記

うーん。男も女も、別に特別なものではないと思うっすよ。

ぼくが見るかぎり、男のほうが惚れやすいとか、女のほうが惚れやすいとか、
そういうことは別にない。

母性とか父性とかも、対称になっているだけで、母性があって父性があると
いう以上のものではない。反対の立場で考えてみれば、それらの現象は
同じぐらいの量が観測され、同じような論理で解釈されている。

自分自身が渇いているとき、「男は渇いている」とか、「女は渇いている」とか、
そういう風に解釈する流派があるけれども、その解釈が正しいかどうかは
疑うに値すると思っている。

あと、男も女も別に違いはないけど、でも実際に違う部分も確かにあって、
そういうものに両性は惹かれあうものなんだろうと思う。
つまり、性というのをマクロに見ればエキゾチズムなんじゃないかなと。
エキゾチズムとは、変化の可能性であって、「自分」ではないもの。
2007-08-13 10:41:17 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2007-08-10

# ……

エイをいっぱい殺して、産業廃棄物として捨てるんだって。可哀想に。
2007-08-10 09:29:34 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

# マークアップエンジニアというか

そういえば、最近仕事でデザイナーさんにWebサイトのデザインを発注したのだった。

発注の仕方とかがよく分からなくて、とりあえずWebデザイナー年鑑みたいなのに
載っている会社で、良さそうなところを選んで頼んでみたのだ。

初めて一緒に仕事をする人たちとは、どんな場合でも文化の違いとかローカルルールの壁とかで
戸惑うことがあると思うのだけど、このとき1つ知らなかったのは、「デザインとコーディングは別料金」ということだ。

デザインをお願いすると、フォトショップで描いた絵をもらえるらしい。それで100万円から。
で、それをHTML+CSSぐらいに落とすので、20〜30万円らしい。

へーそうなんだーって感じ。会社とかそのときの状況によって違うとは思うけどね。
HTML+CSSだって、そんなに簡単な仕事じゃないと思うけど、デザインに比べるとだいぶ金額が安いなと思った。
2007-08-10 08:42:57 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2007-08-09

# はらへった

んー。やっぱり書くことがない。

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文章を書いているといつも思うのだけど、自分は嫌になるくらい
「〜だけど」って書く。できるだけ「〜だけど」と書かないようにしたいのだけど、
どうしたらいいのかなぁ。

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新山さんが、8月中旬で公開サーバーを一旦停止されるとのこと。
毎日楽しみにして読んでいるので、なんというか、ひとこと言いたい気分。
んー。いつか、またどこかで、お会いできるとうれしいです。
2007-08-09 23:12:23 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2007-08-08

# 生きているから間違う

あー、そう。自分って、矛盾してるよね。それを認めることは大事だと思う。

ぼくも、日によって書くことが違うし、昔書いたのを見て「何言ってるか分からない」と
自分でも思う。もちろん、互いに矛盾した事柄をいっぱい書いてる。

でも、それでもいいと思ってる。矛盾した事柄でも、そのときそう書こうと
思ったのは事実で。いや、もっとちゃんと言うなら、それこそが事実だ。

前に書いたことや、前に感じたことと整合性を取ろうとして、文章や自分の感情や論理を
調整したとしたら、真実から遠ざかってしまうような気がする。

調整して過去の自分や「正しさ」をフィードバックしてしまう前に、「なぜ、今、そう感じたのか?
そう考えたのか?」を確認したい。そのほうが、自分とはいったい何なのか?に近付ける気がする。

間違ったものを、間違ったまま置いておくのが好き。どうせ自分は間違ってるし、
矛盾しているもん。汚いところがあるし、馬鹿なこともやってしまうし、罪を犯す。

でもね。だからこそ、誰かほかの人の汚いところや馬鹿なことを許せるんじゃないかな。
自分は間違うのだから、ほかの人が間違ってもお互いさま。
誰かに傷つけられてもお互いさま。

そう考えると、間違ったり、傷付けあったりするのは悪いことじゃないと思える。
「ああ、自分以外にも生きている人がいるんだな」と感じられるから。

「自分だけが生きている」とか、「誰も生きていない」って状態よりはいい。
生きているから、遊ぶことができる。でもそのかわり、間違う。
だったら、間違ってもいいから、生きているほうがいい。

間違うことは問題じゃない。
問題が存在することは問題じゃない。
どう間違うか、間違ってどうするかが問題なんだと思う。

デカルトは、「我思う、故に我あり」と言った。
率直に言って、ぼくはこれは間違っていると思う。
でも、間違っているからこそいいとも思う。
彼は、生きていたんだなぁと思わせるし、人間らしさを感じる。
2007-08-08 07:46:06 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2007-08-06

# LL魂のことでも書くか

週末は、LL魂というイベントに行ってきました。
LLも、もう5年目なんですねー。今年はかなり大きな会場で、
たぶん1000人ぐらい入れるところでした。
しかもそれが、8割ぐらい埋まってた感じだったので、
けっこうすごい人数がいたと思います。

普通は、そんな大規模なイベントはつまらなくなりがちだと
思うけど、そんなこともなくてね。とてもよかったです。

長時間のセッションだったので、あまり細かいところを
覚えていないのだけど、「オレ様言語」として紹介されていた
sukunaとXtal、あとLightning Talkで紹介されていたCoqが
面白そうでした。

とくに個人的に萌え萌えだったのは、sukunaかなー。
Forthの思想を受け継いでいるらしいけど、かなり強力な感じ。
あのForthが、ここまでの記述力を持つのかと、びっくりしました。
会場ではそれほどウケてなかったみたいなのだけど、なんかねー
そこも含めていいんですよ。

作者さんのエネルギーというか、愛というか、パワーみたいなものが、
静かにたぎるという感じでね。いい感じですよ、sukuna。
ちょっと触ってみたいっす。
2007-08-06 22:52:51 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

# 書くことがない

(いつものやつ)
2007-08-06 22:36:33 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0
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