メッセージ。 - diary
2007-08-08
# 生きているから間違う
あー、そう。自分って、矛盾してるよね。それを認めることは大事だと思う。
ぼくも、日によって書くことが違うし、昔書いたのを見て「何言ってるか分からない」と
自分でも思う。もちろん、互いに矛盾した事柄をいっぱい書いてる。
でも、それでもいいと思ってる。矛盾した事柄でも、そのときそう書こうと
思ったのは事実で。いや、もっとちゃんと言うなら、それこそが事実だ。
前に書いたことや、前に感じたことと整合性を取ろうとして、文章や自分の感情や論理を
調整したとしたら、真実から遠ざかってしまうような気がする。
調整して過去の自分や「正しさ」をフィードバックしてしまう前に、「なぜ、今、そう感じたのか?
そう考えたのか?」を確認したい。そのほうが、自分とはいったい何なのか?に近付ける気がする。
間違ったものを、間違ったまま置いておくのが好き。どうせ自分は間違ってるし、
矛盾しているもん。汚いところがあるし、馬鹿なこともやってしまうし、罪を犯す。
でもね。だからこそ、誰かほかの人の汚いところや馬鹿なことを許せるんじゃないかな。
自分は間違うのだから、ほかの人が間違ってもお互いさま。
誰かに傷つけられてもお互いさま。
そう考えると、間違ったり、傷付けあったりするのは悪いことじゃないと思える。
「ああ、自分以外にも生きている人がいるんだな」と感じられるから。
「自分だけが生きている」とか、「誰も生きていない」って状態よりはいい。
生きているから、遊ぶことができる。でもそのかわり、間違う。
だったら、間違ってもいいから、生きているほうがいい。
間違うことは問題じゃない。
問題が存在することは問題じゃない。
どう間違うか、間違ってどうするかが問題なんだと思う。
デカルトは、「我思う、故に我あり」と言った。
率直に言って、ぼくはこれは間違っていると思う。
でも、間違っているからこそいいとも思う。
彼は、生きていたんだなぁと思わせるし、人間らしさを感じる。
ぼくも、日によって書くことが違うし、昔書いたのを見て「何言ってるか分からない」と
自分でも思う。もちろん、互いに矛盾した事柄をいっぱい書いてる。
でも、それでもいいと思ってる。矛盾した事柄でも、そのときそう書こうと
思ったのは事実で。いや、もっとちゃんと言うなら、それこそが事実だ。
前に書いたことや、前に感じたことと整合性を取ろうとして、文章や自分の感情や論理を
調整したとしたら、真実から遠ざかってしまうような気がする。
調整して過去の自分や「正しさ」をフィードバックしてしまう前に、「なぜ、今、そう感じたのか?
そう考えたのか?」を確認したい。そのほうが、自分とはいったい何なのか?に近付ける気がする。
間違ったものを、間違ったまま置いておくのが好き。どうせ自分は間違ってるし、
矛盾しているもん。汚いところがあるし、馬鹿なこともやってしまうし、罪を犯す。
でもね。だからこそ、誰かほかの人の汚いところや馬鹿なことを許せるんじゃないかな。
自分は間違うのだから、ほかの人が間違ってもお互いさま。
誰かに傷つけられてもお互いさま。
そう考えると、間違ったり、傷付けあったりするのは悪いことじゃないと思える。
「ああ、自分以外にも生きている人がいるんだな」と感じられるから。
「自分だけが生きている」とか、「誰も生きていない」って状態よりはいい。
生きているから、遊ぶことができる。でもそのかわり、間違う。
だったら、間違ってもいいから、生きているほうがいい。
間違うことは問題じゃない。
問題が存在することは問題じゃない。
どう間違うか、間違ってどうするかが問題なんだと思う。
デカルトは、「我思う、故に我あり」と言った。
率直に言って、ぼくはこれは間違っていると思う。
でも、間違っているからこそいいとも思う。
彼は、生きていたんだなぁと思わせるし、人間らしさを感じる。
2007-08-06
# LL魂のことでも書くか
週末は、LL魂というイベントに行ってきました。
LLも、もう5年目なんですねー。今年はかなり大きな会場で、
たぶん1000人ぐらい入れるところでした。
しかもそれが、8割ぐらい埋まってた感じだったので、
けっこうすごい人数がいたと思います。
普通は、そんな大規模なイベントはつまらなくなりがちだと
思うけど、そんなこともなくてね。とてもよかったです。
長時間のセッションだったので、あまり細かいところを
覚えていないのだけど、「オレ様言語」として紹介されていた
sukunaとXtal、あとLightning Talkで紹介されていたCoqが
面白そうでした。
とくに個人的に萌え萌えだったのは、sukunaかなー。
Forthの思想を受け継いでいるらしいけど、かなり強力な感じ。
あのForthが、ここまでの記述力を持つのかと、びっくりしました。
会場ではそれほどウケてなかったみたいなのだけど、なんかねー
そこも含めていいんですよ。
作者さんのエネルギーというか、愛というか、パワーみたいなものが、
静かにたぎるという感じでね。いい感じですよ、sukuna。
ちょっと触ってみたいっす。
LLも、もう5年目なんですねー。今年はかなり大きな会場で、
たぶん1000人ぐらい入れるところでした。
しかもそれが、8割ぐらい埋まってた感じだったので、
けっこうすごい人数がいたと思います。
普通は、そんな大規模なイベントはつまらなくなりがちだと
思うけど、そんなこともなくてね。とてもよかったです。
長時間のセッションだったので、あまり細かいところを
覚えていないのだけど、「オレ様言語」として紹介されていた
sukunaとXtal、あとLightning Talkで紹介されていたCoqが
面白そうでした。
とくに個人的に萌え萌えだったのは、sukunaかなー。
Forthの思想を受け継いでいるらしいけど、かなり強力な感じ。
あのForthが、ここまでの記述力を持つのかと、びっくりしました。
会場ではそれほどウケてなかったみたいなのだけど、なんかねー
そこも含めていいんですよ。
作者さんのエネルギーというか、愛というか、パワーみたいなものが、
静かにたぎるという感じでね。いい感じですよ、sukuna。
ちょっと触ってみたいっす。
2007-07-27
# 自分を愛せない人は、自分以外の人も愛せない
やっぱり家が好き - 多分それぞれ想像している場面が違うんだとは思うんだけど
http://d.hatena.ne.jp/quiznos/20070726/p3
直接的にはこのへん(↑)から。
自分を愛せない人は、自分以外の人も愛せない。
だから、自分のことを、愛していいんだよ。そういうことだよね。
あと、蛇足だけど。もし「あなた」が、自分のことを愛せないのなら、
その原因を突き詰めて言えば、あなたのお父さんやお母さんが、
自分自身を愛せない人だった(あるいは彼らの関係が破滅的だった)と
いうことが考えられる。
このケースで、もしあなたがあなたのお父さんやお母さんのことを
嫌いなら、「彼らのように生きるな」と、ぼくは言いたい。
彼らのことが嫌いなら、彼らのように生きるな。彼らとはまるで反対に
生きて、彼らとはまるで反対に、自分や自分以外の人のことを愛して
生きたほうがいい。
そしてもしあなたが、彼らのことを好きなら、彼らのことを愛するように、
自分や自分以外の人を愛して生きればいい。
http://d.hatena.ne.jp/quiznos/20070726/p3
直接的にはこのへん(↑)から。
自分を愛せない人は、自分以外の人も愛せない。
だから、自分のことを、愛していいんだよ。そういうことだよね。
あと、蛇足だけど。もし「あなた」が、自分のことを愛せないのなら、
その原因を突き詰めて言えば、あなたのお父さんやお母さんが、
自分自身を愛せない人だった(あるいは彼らの関係が破滅的だった)と
いうことが考えられる。
このケースで、もしあなたがあなたのお父さんやお母さんのことを
嫌いなら、「彼らのように生きるな」と、ぼくは言いたい。
彼らのことが嫌いなら、彼らのように生きるな。彼らとはまるで反対に
生きて、彼らとはまるで反対に、自分や自分以外の人のことを愛して
生きたほうがいい。
そしてもしあなたが、彼らのことを好きなら、彼らのことを愛するように、
自分や自分以外の人を愛して生きればいい。
2007-07-22
# ハッカーは面白い仕事しか請けない
404 Blog Not Found:Web業界の底上げとか崇高な考えがあるなら、お前ら率先して金取ろうよ
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50874804.html
んー。んーーーーーーーーーーーー。弾さんの意見って、なんか好きじゃないなぁ。
ハッカーの人は、確かに安いお金で仕事を請けることはある。もらうお金が少ないことを嫌だと思っていない。でもそのかわり、ハッカーは面白い仕事しか請けない。というか、ハッカーの人は面白い仕事しかできない。お金の問題じゃないのです。彼らは、金額が安い仕事であっても、それが面白いなら請けざるを得ない。ハッカーの人は、性格的に興味のあることしかできなくって、だからこそハッカーになったんだと思う。
ハッカーの人のところに面白い仕事の依頼が来たとき、「これでは安すぎるから」と言ってもっとたくさん要求をして、その仕事がポシャったらどうなる? 損をするのはハッカーの人自身だと思うし、業界としても損をしていると思う。面白い仕事というのは、作り手だけが面白がるのではなくて、受け手(クライアントや最終消費者)も面白がってしまうものだと思うから。そういうのこそ、業界の底上げに役立つだろう。
でも実際には、仕事が面白いかどうかは、依頼が来たときには分からないことが多い。仕事の面白さの1つは、相手がハッカーの人であるかどうかにもかかわってきて、その真贋を見極めるのに時間がかかるから。また、相手の人(直接の担当者)だけじゃなくて、そのバックにある会社のハッカー度みたいなものも大きな要因になる。これは、仕事を発注するクライアント側からしても同じで、相手の見極めは難しい。
だから、金額としてはある程度ならしてしまうしかなくなるのだと思う。自分に能力があるからといって、高い金額ばかり要求していたら、単に金持ちのクライアントからしか発注が来なくなる。そういう金持ちのクライアントが、ハッカーばかりならいいけど、大手というだけでつまらない仕事を持ち掛けてくるところも多いだろう。そして、高い発注ばかり請けている間に、お金はないけど面白い仕事を持ってくるようなクライアントを見落とすことになってしまう。これはクライアントからしても同じで、お金の扱いのうまさと、ハッカーの能力は、必ずしも線形対応にならない。
お金をたくさん貰うようなスタープレイヤーを見て、若い人の中には憧れる人もいるだろう。でも、お金だけがものや人の価値を表すものではないよね。価値の高いものが高価であるほうがいいだろうけど、そんな単純なものではない。本物のハッカーなら、お金は価値を測るたくさんの指標のうちの1つにすぎない」と早晩理解する。「ものの価値が、お金で適正に評価できればいいのに」と思ってしまうのは理解できる。でも世の中、良いものが高価になるかどうかと言えば、実際には線形と言えるほどには対応しない。価値評価としてのお金というシステムは、必ずしも期待したとおりに機能しているとは言えないし、今後も機能しないだろう。
それはつまり、民主主義の優秀度と同じで、民衆が愚かならその市民に支えられている国も愚かしい行動をしてしまうということだ。そして実際、世の中にはつまらない行動や決定ばかりしている国も、つまらない商品も、あふれている。彼らをお金の力で導こうと、あるいはお金の機能を取り戻そうと頑張るのは1つの方法だろう。でも、ぼくから見れば、その試みが成功するかは悲観的に思える。
「ハッカーは面白い仕事しか請けない」という受注側の論理は、「面白い仕事を持っていかないとハッカーには請けてもらえない」と発注側の負担になる。それはつまり、「高価」ということだ。お金をたくさん積んでやっと、あの人に請けてもらえるとか、あるいはいくら積んでも面白い仕事を持っていけないことには、あの人には請けてもらえないとなる。そういう行動原理は、ある種の仕事や人や業界を「高価」にする1つの方策であって、優秀な人がお金をたくさん取るという方策と比べて、少なくとも遜色はない。
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50874804.html
んー。んーーーーーーーーーーーー。弾さんの意見って、なんか好きじゃないなぁ。
ハッカーの人は、確かに安いお金で仕事を請けることはある。もらうお金が少ないことを嫌だと思っていない。でもそのかわり、ハッカーは面白い仕事しか請けない。というか、ハッカーの人は面白い仕事しかできない。お金の問題じゃないのです。彼らは、金額が安い仕事であっても、それが面白いなら請けざるを得ない。ハッカーの人は、性格的に興味のあることしかできなくって、だからこそハッカーになったんだと思う。
ハッカーの人のところに面白い仕事の依頼が来たとき、「これでは安すぎるから」と言ってもっとたくさん要求をして、その仕事がポシャったらどうなる? 損をするのはハッカーの人自身だと思うし、業界としても損をしていると思う。面白い仕事というのは、作り手だけが面白がるのではなくて、受け手(クライアントや最終消費者)も面白がってしまうものだと思うから。そういうのこそ、業界の底上げに役立つだろう。
でも実際には、仕事が面白いかどうかは、依頼が来たときには分からないことが多い。仕事の面白さの1つは、相手がハッカーの人であるかどうかにもかかわってきて、その真贋を見極めるのに時間がかかるから。また、相手の人(直接の担当者)だけじゃなくて、そのバックにある会社のハッカー度みたいなものも大きな要因になる。これは、仕事を発注するクライアント側からしても同じで、相手の見極めは難しい。
だから、金額としてはある程度ならしてしまうしかなくなるのだと思う。自分に能力があるからといって、高い金額ばかり要求していたら、単に金持ちのクライアントからしか発注が来なくなる。そういう金持ちのクライアントが、ハッカーばかりならいいけど、大手というだけでつまらない仕事を持ち掛けてくるところも多いだろう。そして、高い発注ばかり請けている間に、お金はないけど面白い仕事を持ってくるようなクライアントを見落とすことになってしまう。これはクライアントからしても同じで、お金の扱いのうまさと、ハッカーの能力は、必ずしも線形対応にならない。
お金をたくさん貰うようなスタープレイヤーを見て、若い人の中には憧れる人もいるだろう。でも、お金だけがものや人の価値を表すものではないよね。価値の高いものが高価であるほうがいいだろうけど、そんな単純なものではない。本物のハッカーなら、お金は価値を測るたくさんの指標のうちの1つにすぎない」と早晩理解する。「ものの価値が、お金で適正に評価できればいいのに」と思ってしまうのは理解できる。でも世の中、良いものが高価になるかどうかと言えば、実際には線形と言えるほどには対応しない。価値評価としてのお金というシステムは、必ずしも期待したとおりに機能しているとは言えないし、今後も機能しないだろう。
それはつまり、民主主義の優秀度と同じで、民衆が愚かならその市民に支えられている国も愚かしい行動をしてしまうということだ。そして実際、世の中にはつまらない行動や決定ばかりしている国も、つまらない商品も、あふれている。彼らをお金の力で導こうと、あるいはお金の機能を取り戻そうと頑張るのは1つの方法だろう。でも、ぼくから見れば、その試みが成功するかは悲観的に思える。
「ハッカーは面白い仕事しか請けない」という受注側の論理は、「面白い仕事を持っていかないとハッカーには請けてもらえない」と発注側の負担になる。それはつまり、「高価」ということだ。お金をたくさん積んでやっと、あの人に請けてもらえるとか、あるいはいくら積んでも面白い仕事を持っていけないことには、あの人には請けてもらえないとなる。そういう行動原理は、ある種の仕事や人や業界を「高価」にする1つの方策であって、優秀な人がお金をたくさん取るという方策と比べて、少なくとも遜色はない。