メッセージ。 - diary

2007-01-16

# 情報アクセスにおける空間と言語

お気に入りのサイトを見るというのは、情緒的であり受動的な行為なんだと思ってる。

「インターネット遊びをしよう」と思ったとき、人間はブックマークを開いてくつろいだ気分で、「ど・れ・に・し・よ・う・か・な」とサイトを選ぶ。

先に文字が頭に浮かんでいて、それを見に行くのではない感じ。
先に幸福なイメージがあって、それが自分に語りかけてくるような。

何か食べたいものが決まっていて、お店に向かうようなやり方じゃなくて、
食べ物がいっぱいある中から、それを選びたいという感じ。

ひとことで言えば「気分」。

気に入っているとか、くつろいでいるとか、
そういう情報は人間の感性に結びついていて、空間的に心の中に配置されている。

そういうことだとぼくは解釈しています。
2007-01-16 12:59:17 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2007-01-15

# スパム対策

気が付いたら、スパムコメントにやられてた。1か月半ぶり。momoka.cgiでは、ここで書いたスパムフィルタを動かしていて、1か月半の間は完璧に防衛していたことになる。件のフィル、原理上穴はあるけど、一応実用的に使えそうです。
2007-01-15 21:44:47 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2007-01-13

# マリンタワーが営業終了!?

#f
 当社は45年間にわたり「横浜マリンタワー」と「氷川丸」の両施設の運営を行って参りましたが、本年12月25日(月)に両施設の営業を終了し、12月31日(日)を以って、会社を解散することとなりました。
 創業以来、「横浜マリンタワー」に約25百万人、「氷川丸」に約23百万人、両施設合計約48百万人の方々にご来場いただき、横浜のシンボルとして広く市民及び観光客の皆様にご愛顧いただいて参りましたこと、及び永年にわたり関係者の皆様から頂きました絶大なご支援に心から感謝申し上げます。
 なお、「横浜マリンタワー」は横浜市に、「氷川丸」は日本郵船(株)又はその関係先に譲渡する予定です。 

知らなかった……。2006年の12月25日に営業終了してたんだって。一応、取り壊す予定はいまのところないようだけど、しばらくはマリンタワーに登れない。マリンタワーってけっこう好きなんだけどなぁ。風が吹くとグラグラ揺れて、ジェットコースターなんかよりよっぽど怖くて楽しい(皮肉じゃなく、いろんな意味で本当にリアリティがあって面白い)。

「横浜に住もう」と決めたとき、当然ぼくの頭の中にもマリンタワーに登った思い出があったわけで。マリンタワーというのは、ランドマークタワーなんかでは代替できない重みと魅力があると思うのだけどなぁ。しばらくは取り壊されないと思うけど、心配。あと、他人事じゃなくてなんか考えたほうがいいのかなぁ。
2007-01-13 12:19:39 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

# おめでとうございます、は言いにくい

「おめでとう」って言いにくい言葉だなぁと思う。
自分の中では、「おめでとう」という気持ちは、あまりない気がするから。
ぼくが自分勝手だからなのかもしれない。
「おめでとう」というよりは、「ぼくはうれしい。ありがとう」のほうが近い。

「おめでとう、おめでとう、おめでとう」。これでうまく伝わるかな? 
2007-01-13 11:26:55 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2007-01-11

# 死にたい、かぁ……

ここしばらく考えてるんだけど、ぼくはあまり死にたいと考えたことがないよ。
だから、ぼくはこのことについて語ることができない。知ったような顔をして、何かを言うことはできない。
ごめんね。
2007-01-11 10:40:16 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

2007-01-10

# いつもの思考実験

あのね。こう思うの。古い人間はだれでも、「昔は良かった」って思いがちなんじゃないかなって。それ自体は善いことだと、ふじさわは考えています。だって、「昔は良かった」ってつまり、「自分は幸せな人生を歩んできた」ってことでしょう? そう思えるってのは幸せなこと。明日からも、歩いていこうと思えること。

だからね。「昔は良かった」っていうのはいいこと。でもね。昔が良かったからといって、「今」を昔のようにしようとする人は、「悪い上司」になってしまうと思うんだよね。「昔は良かった」というのは、正しい。「昔は良かった」というのは、絶対的に正しい。でも、昔が良かったのと同じだけ、「今も良い」。絶対に。

古い人にとって昔が良かったのと同じように、新しい人にとっては今が良いものになっていく。古い人の仕事は、今を「昔にする」ことじゃなくて、今を昔のように「良く」することなんじゃないかなって。昔がどれほど良かったとしても、いまは昔じゃない。古い人は、昔において正しかったかもしれない。でも、今は昔じゃないし、その「良さ」は、「はいこれ。あげる」と言って、新しい人に手渡せるものでもない。古い人と新しい人で、一緒になって作っていくものだと思うんだよね。

そう。一緒になって作っていくこと。それが大事だと思う。自分のことを「昔からいる人間。この世界をよく知っている人間。新しい人よりも正しい人間」と考えるなら、その人はどんどんどんどん古くなっていく。「今」というものに目を向けることができていないから。「今」を愛することができない人間は、今を変えていくことはできない。
2007-01-10 09:34:25 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0
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