メッセージ。 - diary
2006-10-27
# [目からウロコ]
極めつけに「アンタ、一生、その男を養うつもりなの」。‥‥つーかさ、自分はずっと夫に養ってもらってるよね。それを不思議だとは思ってないでしょ。専業主婦は人として恥ずかしいからなんでもいいから働けって言われたことがあるんだろうか。
目からウロコでした。言われてみえばたしかになぁ。女が男を養うのだって、別に変なことじゃないかー。なるほどなぁ。
# 仕事をしていて密かに思っていること
あー。
紙メディアには紙メディアなりの流儀があって、それを知っていて損はないのになぁと思うのですが……。
たとえば、紙のメディアってのはああ見えて、結構日本語表現に気を使っています。文法的におかしな表現をしていないかとか、新語を濫造していないかとか。見えないところで気を使っている部分が多いのですよね。
日本語表現を間違えていると、それを読んだ人が「こんな書き方していいんだ」と考えたりしますし、新語を濫用していると、ついていけない人がでてきます(ご老人とかとくに)。
そういうことがないように、紙メディアの編集者などは普段とても気を使っているのです。たとえば、新聞社や出版社には校正セクションというのがありまして、一日中ゲラを読んで表現の間違いがないか、意味不明瞭なところがないかをチェックしている人たちがいます。
彼らは本当に、一般紙から専門書レベルの文章まで、ありとあらゆるものを「読むプロ」です。「こんな専門家向けの文章、読んでたら絶対寝ちゃうよ」という文章を読んで、間違いを正確に指摘できる彼らを、ぼくは本当にすごいと思います。
紙のメディアに載るということは、いただいた原稿や素材に、メディア側で手を入れてしまうという負の側面も当然あります。ただそれは、間違った表現を直したり、いたずらに読者や作者を傷付けることがないよう手直ししたりするという正の側面もあるのですよね。
そういった側面は、メディアとしてあながち間違っていないように、ぼくは思います。紙のメディアは、ある程度読者の模範となるべき役割を担っている部分がありますし、たくさんの人に理解してもらえるものを作る必要がありますから(それは、日本語表現という意味と、内容面の両方においてです)。
メディアの仕事のクオリティは、各媒体やそこで働いている人の能力による部分も大きいですけど、メディアの裏側には、上でご紹介した校正セクションの人たちのようなプロがいることを、心の片隅に置いていてもらえればなぁと思うのです。
これから既存のメディアは衰退して、インターネットに取ってかわられる部分が少なからずあるでしょう。いまネットで活躍している人たちは、間違いなくその最前線を走り、既存メディアを叩き壊す人たちです。だからこそ、最前線を走る人たちには、既存のメディアの負の側面と、正の側面を知ってもらいたい。
既存メディアには悪いところもあるけど、良いところもある。それらを知って、新しいネットメディアを作るうえでの踏み台としてほしいなぁと思います。
紙メディアには紙メディアなりの流儀があって、それを知っていて損はないのになぁと思うのですが……。
たとえば、紙のメディアってのはああ見えて、結構日本語表現に気を使っています。文法的におかしな表現をしていないかとか、新語を濫造していないかとか。見えないところで気を使っている部分が多いのですよね。
日本語表現を間違えていると、それを読んだ人が「こんな書き方していいんだ」と考えたりしますし、新語を濫用していると、ついていけない人がでてきます(ご老人とかとくに)。
そういうことがないように、紙メディアの編集者などは普段とても気を使っているのです。たとえば、新聞社や出版社には校正セクションというのがありまして、一日中ゲラを読んで表現の間違いがないか、意味不明瞭なところがないかをチェックしている人たちがいます。
彼らは本当に、一般紙から専門書レベルの文章まで、ありとあらゆるものを「読むプロ」です。「こんな専門家向けの文章、読んでたら絶対寝ちゃうよ」という文章を読んで、間違いを正確に指摘できる彼らを、ぼくは本当にすごいと思います。
紙のメディアに載るということは、いただいた原稿や素材に、メディア側で手を入れてしまうという負の側面も当然あります。ただそれは、間違った表現を直したり、いたずらに読者や作者を傷付けることがないよう手直ししたりするという正の側面もあるのですよね。
そういった側面は、メディアとしてあながち間違っていないように、ぼくは思います。紙のメディアは、ある程度読者の模範となるべき役割を担っている部分がありますし、たくさんの人に理解してもらえるものを作る必要がありますから(それは、日本語表現という意味と、内容面の両方においてです)。
メディアの仕事のクオリティは、各媒体やそこで働いている人の能力による部分も大きいですけど、メディアの裏側には、上でご紹介した校正セクションの人たちのようなプロがいることを、心の片隅に置いていてもらえればなぁと思うのです。
これから既存のメディアは衰退して、インターネットに取ってかわられる部分が少なからずあるでしょう。いまネットで活躍している人たちは、間違いなくその最前線を走り、既存メディアを叩き壊す人たちです。だからこそ、最前線を走る人たちには、既存のメディアの負の側面と、正の側面を知ってもらいたい。
既存メディアには悪いところもあるけど、良いところもある。それらを知って、新しいネットメディアを作るうえでの踏み台としてほしいなぁと思います。
# マスコミの報道の仕方について
日本のマスコミは右へならえ傾向が強すぎて、それが問題なんじゃないだろうか。最近の医療事故の報道もそうだし、マンションの耐震偽装問題、三菱自動車炎上問題なんかも同じだけど、ある一社が報道すると、ほかのメディアもこぞって報道するようになる。
「日本の医療はこんなにひどい」とか、「マンション販売の黒い実態」とか。多くのメディアが、同時に同じ話題を扱うので、関係者は袋叩き状態になることが多い。それは、いじめとほとんど変わらない。なんでかなぁと考えてみるに、どのメディアも「右へならえ」をしているのが問題のような気がしてきた。
つまり、ある問題を発見したとき、それを率先して報道するのを皆怖がっているのではないか。「これが問題だ」と声を上げて、間違っていたら責任が自分に来る。また、世論が自分に味方してくれなければ、批判した相手につぶされてしまう。マスコミはそれを怖がっているような気がする。
だから、どこも二番手を演じるのではないか。先頭に立つ者がいれば、二番手以降を走る自分は矢面に立たずにすむ。そうやって、二番手以降のプレイヤーが増えていき、ある程度一対多の構図になればしめたものだ。ある一人のターゲットをたくさんのメディアで攻撃すれば、それぞれのメディアは半匿名の立場に立つことができる。
「これだけたくさんの人間が石を投げていれば、自分のところに反撃の手は及ばないだろう」というムードが、そのときのマスメディアを支配しているように感じられる。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というやつだ。この社会では、マスメディアでさえ匿名でしか意見しないという現実がそこにある。
奇異に感じるのは、これをマスメディアというcelebrityが行っていることだ。本来、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というのは、庶民が持つ感覚であり、搾取される側が陥りがちなメンタリティだ。それを、マスメディアが率先して行っているというこの矛盾。celebrityが子供のいじめと何ら変わらないメンタリティで駆動している(ように見える)というのは、危険な感じがする。
「日本の医療はこんなにひどい」とか、「マンション販売の黒い実態」とか。多くのメディアが、同時に同じ話題を扱うので、関係者は袋叩き状態になることが多い。それは、いじめとほとんど変わらない。なんでかなぁと考えてみるに、どのメディアも「右へならえ」をしているのが問題のような気がしてきた。
つまり、ある問題を発見したとき、それを率先して報道するのを皆怖がっているのではないか。「これが問題だ」と声を上げて、間違っていたら責任が自分に来る。また、世論が自分に味方してくれなければ、批判した相手につぶされてしまう。マスコミはそれを怖がっているような気がする。
だから、どこも二番手を演じるのではないか。先頭に立つ者がいれば、二番手以降を走る自分は矢面に立たずにすむ。そうやって、二番手以降のプレイヤーが増えていき、ある程度一対多の構図になればしめたものだ。ある一人のターゲットをたくさんのメディアで攻撃すれば、それぞれのメディアは半匿名の立場に立つことができる。
「これだけたくさんの人間が石を投げていれば、自分のところに反撃の手は及ばないだろう」というムードが、そのときのマスメディアを支配しているように感じられる。「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というやつだ。この社会では、マスメディアでさえ匿名でしか意見しないという現実がそこにある。
奇異に感じるのは、これをマスメディアというcelebrityが行っていることだ。本来、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というのは、庶民が持つ感覚であり、搾取される側が陥りがちなメンタリティだ。それを、マスメディアが率先して行っているというこの矛盾。celebrityが子供のいじめと何ら変わらないメンタリティで駆動している(ように見える)というのは、危険な感じがする。
# 日々
影絵:奥山清行の課外授業「デザインは大切な人のために」 - livedoor Blog(ブログ)
NHKの「課外授業ようこそ先輩」、一度見てみたいんだよなぁ……。ということで、重い腰を上げて録画予約した。
影絵:NNNドキュメント「子供たちの心が見えない」 - livedoor Blog(ブログ)
子供たちの心、かぁ……。この文章を読む限り、ぼくらのころとそんなに変わっていないような気がした。
というのは、「誰が来てもダメだよ」っていう諦めのように聞こえる。「誰も私を救えない」というか。でもそれは、裏を返せば、「救ってほしい」という自意識の表れの気がするんだよなぁ。
NHKの「課外授業ようこそ先輩」、一度見てみたいんだよなぁ……。ということで、重い腰を上げて録画予約した。
影絵:NNNドキュメント「子供たちの心が見えない」 - livedoor Blog(ブログ)
子供たちの心、かぁ……。この文章を読む限り、ぼくらのころとそんなに変わっていないような気がした。
「どんな先生ならいいの?」という女性スタッフの質問に、女の子はふざけた声で「超イケメン」と答える。
というのは、「誰が来てもダメだよ」っていう諦めのように聞こえる。「誰も私を救えない」というか。でもそれは、裏を返せば、「救ってほしい」という自意識の表れの気がするんだよなぁ。
# 5年後、10年後
俺はこの先、すごく都合のいい嫁さんが向こうから全部お膳立てして求婚でもしてくれない限り結婚する気ないんで、おそらく一生独り身。普通の老後とか諦めてます。この仕事が何歳まで続けられるものなのかまったく分からんし、要するにノー・フューチャーなわけです。ボケたり寝たきりになったりしたらどうにもならない。そういうところをあんまり考えずに今生き甲斐になるようなことだけ追いかけて生きている以上、どうなろうが覚悟は出来ている。何か望むとするならば、せめて親が生きてる間はちゃんと稼いで生計を立てて、あまり心配しないで済むようにしてあげたい、ってくらいかな。最後は別に無縁仏でもいいや。とりあえず暮らしていける程度のお金は欲しい。あとネット環境だけは欲しいなあ。なんらかの創作活動が続けられればいい。アカギに言わせれば、ギャンブルしているとき以外の日常生活も女もなにもかも、とどのつまりは「休憩」なんだそうで。俺もそんな生き方が理想です。日常的な幸福なんて要りません。創作をするための肉体が維持できればそれでいい。世間が何を言おうが知ったことか。もともと(狭い業界内評価を除いて)世間に褒めてもらったことなんて今までなかったしね。
こういう感じ方はいいなぁ。好きな感じです。
2006-10-26
# ちょっと低調
ふと突然、「面白いことを書きたい」と思ったのだけど、自分にはその能力がないと思い出して落ち込み中っす。
……なんだろう。ちょっとアクセスログを見ていて、「あーこんなページを見てくださる人がいるんだなぁ」という感じで、昔自分が書いたものを読み返してみたのだ。
そこに書いてあることが面白くなくってね。申し訳ない気になって。たまには面白いことを書きたいなぁと。でも、書けないんすよねぇ……。
あの、一応ぼく、大阪出身なので、本当はもっと面白くなきゃいけないはずなんですけど……。でも全然ダメな子で、面白いことを言ったり書いたりできないのです。
大阪の人間としては、これはめちゃめちゃ恥ずかしいことです。非モテに近い屈辱感。あにゃー。
……なんだろう。ちょっとアクセスログを見ていて、「あーこんなページを見てくださる人がいるんだなぁ」という感じで、昔自分が書いたものを読み返してみたのだ。
そこに書いてあることが面白くなくってね。申し訳ない気になって。たまには面白いことを書きたいなぁと。でも、書けないんすよねぇ……。
あの、一応ぼく、大阪出身なので、本当はもっと面白くなきゃいけないはずなんですけど……。でも全然ダメな子で、面白いことを言ったり書いたりできないのです。
大阪の人間としては、これはめちゃめちゃ恥ずかしいことです。非モテに近い屈辱感。あにゃー。
2006-10-23
# 続・第三者的スタンスを固持する男性について
第三者的スタンスを固持する男性についてが、どうもいまいち伝わっていない気がする(とくに女性に)。ということで、もうちょっと考えてみました。
……たとえばですね。女の人は傾向として、「守ってほしい」と思ってしまう部分が心の中にあると思うんです。白馬の王子様とか、ああいうやつですね。で、「守ってほしい」と思ってしまうときがあるという人に質問なんですけど。そういう「守ってほしい」っていう感じは、社会通念上自分に生まれた感覚だと思われるでしょうか? それとも、生理的なものだと思われるでしょうか? 先天的なものと感じるか、後天的なものと感じるかと聞いてもいいかもしれません。
なんとなくですけど、両方あるんじゃないかという気がします。つまり、生理的に「守ってほしい」という欲求のようなものがあるし、社会通念上(後天的な環境によって)そう考えるのが自然なような気がすると。で、まぁそう感じると仮定して話を進めますと、実は男にも同じような感じがあります。ただし、ベクトルはちょっと違っていて、男は「守ってほしい」ではなくて、「守ってあげたい」と感じてしまうのです。
でもですね。守ってあげるには、体が強くなくてはいけません。頭が良くなくてはなりません。お金を持っている必要があるかもしれません。そのほか、いろいろ必要でしょう。でもとにかく、なにか役に立つ機能が必要です。ただそこにいて、好き勝手なことを言っていればいいというものではないと感じてしまいます。「守ってあげたい」という生理的欲求が、無意識的に働いて、機能性にあこがれを持ってしまうとしたらどうでしょう?
そういう観点で見れば、「第三者的スタンス」というのは、機能性に対する純粋な思いであり、引いては「守ってあげたい」という気持ちの結晶であると考えられます。第三者的スタンスをとってしまうというのは、ある種の男にとっては、生理的にも社会通念上も、楽だし自然なことのように感じられるんですね。逆に、「根拠なんてなくてもいいから、思ったことを言え」と言われたら、とまどってしまいます。それは必ずしも「守ってあげたい」という欲求を満たさない。むしろ、社会に波紋を投げかけて、守るべきものを危険にさらすかもしれない。
そういう感じが、男の無意識を支配しているとしたらどうでしょう? 「根拠なんてなくてもいいから、思ったことを言え」と言われて、男性が困ってしまうのも理解できますよね。
……なんとなくですけど、逆にそういうことを言いたくなるのは、母性をルーツにしているかもしれないなぁと思いました。そういう主張を女性がするとき、「機能なんてなくてもいいから、あなたの好きなようにしなさい」という、母性的な欲求があるんじゃないかなって。あるいは、男をもてあそぶ悪戯心のようなものが、あるのかもしれませんけど。
……たとえばですね。女の人は傾向として、「守ってほしい」と思ってしまう部分が心の中にあると思うんです。白馬の王子様とか、ああいうやつですね。で、「守ってほしい」と思ってしまうときがあるという人に質問なんですけど。そういう「守ってほしい」っていう感じは、社会通念上自分に生まれた感覚だと思われるでしょうか? それとも、生理的なものだと思われるでしょうか? 先天的なものと感じるか、後天的なものと感じるかと聞いてもいいかもしれません。
なんとなくですけど、両方あるんじゃないかという気がします。つまり、生理的に「守ってほしい」という欲求のようなものがあるし、社会通念上(後天的な環境によって)そう考えるのが自然なような気がすると。で、まぁそう感じると仮定して話を進めますと、実は男にも同じような感じがあります。ただし、ベクトルはちょっと違っていて、男は「守ってほしい」ではなくて、「守ってあげたい」と感じてしまうのです。
でもですね。守ってあげるには、体が強くなくてはいけません。頭が良くなくてはなりません。お金を持っている必要があるかもしれません。そのほか、いろいろ必要でしょう。でもとにかく、なにか役に立つ機能が必要です。ただそこにいて、好き勝手なことを言っていればいいというものではないと感じてしまいます。「守ってあげたい」という生理的欲求が、無意識的に働いて、機能性にあこがれを持ってしまうとしたらどうでしょう?
そういう観点で見れば、「第三者的スタンス」というのは、機能性に対する純粋な思いであり、引いては「守ってあげたい」という気持ちの結晶であると考えられます。第三者的スタンスをとってしまうというのは、ある種の男にとっては、生理的にも社会通念上も、楽だし自然なことのように感じられるんですね。逆に、「根拠なんてなくてもいいから、思ったことを言え」と言われたら、とまどってしまいます。それは必ずしも「守ってあげたい」という欲求を満たさない。むしろ、社会に波紋を投げかけて、守るべきものを危険にさらすかもしれない。
そういう感じが、男の無意識を支配しているとしたらどうでしょう? 「根拠なんてなくてもいいから、思ったことを言え」と言われて、男性が困ってしまうのも理解できますよね。
……なんとなくですけど、逆にそういうことを言いたくなるのは、母性をルーツにしているかもしれないなぁと思いました。そういう主張を女性がするとき、「機能なんてなくてもいいから、あなたの好きなようにしなさい」という、母性的な欲求があるんじゃないかなって。あるいは、男をもてあそぶ悪戯心のようなものが、あるのかもしれませんけど。
# 無断リンク禁止問題について、ちょっちメモ
数日ぐらい古いネタですけれども。
Onlooker+beta: 無断リンク問題で渦中のYokoさんとチャットで話した。その2
「無断リンク禁止」の問題について、禁止派のメンタリティをすごく直截に表現していると感じた。価値が高いと思った個所をメモ。以下、Yokoさんは無断リンク禁止派。UKさんは逆の立場の人。
Yokoさんという人の意見は、部分ぶぶんで非常に筋が通ってて頭がいいと感じる。↑もそういった個所の1つで、「検索エンジンから自分のページに来る人は、能動的かつ目的意識を持って来るから、興味本位や荒らし目的の可能性が低いと区別できる」という考え方が透けて見える。言われてみればそのとおりだと思う。
これも言われてみればなるほどと思った。どんなコンテンツでもそうだけど、「一部分だけ切り取ったら制作者の意図と反対の主張に見える」という現象が発生しうる。制作者としては、そういった悪意や誤解のある使われ方を避けたいと思うだろう。
そういった意味で、ホームページを作るとき、パンくずリストやサイドフレームをうまくホームページにくっつけたいと、誰でも思う。だけど、それをうまく作るにはある程度の知識や技術が必要だ。そういった技術への敷居を下げるものとして、ブログツールやCMSが流行しているのは疑いようがない事実だろう。
しかし、ブログツールを使いたくない場合はどうすればいいのか。フレームを使えばいいはずじゃなかったのか。だけど、フレームというのは不完全で使いにくい。「トップページから見てください」と言いたくなるのも分からなくないと思うんだよなぁ。
この議論を見ていると、はだかの王様を思い出すっす。
# 追記。高木さんが無断リンクの問題についてまとめられていた。
# とても参考になるのでご興味のある方はどうぞ。
# 高木浩光@自宅の日記 - リンクの話 まとめ
Onlooker+beta: 無断リンク問題で渦中のYokoさんとチャットで話した。その2
「無断リンク禁止」の問題について、禁止派のメンタリティをすごく直截に表現していると感じた。価値が高いと思った個所をメモ。以下、Yokoさんは無断リンク禁止派。UKさんは逆の立場の人。
■ Yoko >たくさんの人に見て欲しいという気持ちは確かにあります。でも、それはちゃんとTOPから訪問して下さるという条件をクリアしていただきたいのです。 (10月18日<水>13時03分 )■ UK >しかし、検索エンジンよけをしていませんから、googleなどからページ単体でリンクされていますよ? (10月18日<水>13時04分 )■ Yoko > はい。 (10月18日<水>13時04分 )■ UK >そのgoogleのリンクからやってくる人もいるでしょう? (10月18日<水>13時04分 )■ UK > その人はTOPページを経由していませんよね?(10月18日<水>13時05分 )■ Yoko > はい (10月18日<水>13時05分 )■ UK > それはいいのですか? (10月18日<水>13時06分 )■ Yoko > 本当はよくありません。 (10月18日<水>13時07分 )■ UK >でも多くの人に見てもらいたいから、検索よけはしないということでいいでしょうか? (10月18日<水>13時07分 )■ Yoko >それで良いです。無断でページ単体にリンクされるよりは、検索エンジンで見つけてもらったほうがましだと思います。でも、検索エンジンで見つけたからといって、そのままはてなのブックマークなどに登録してもらうのは嫌です。そんなにリンク登録をしたいのならば、TOPだけにして欲しいです。もちろん、ブログや掲示板への直リンクもして欲しくは有りません。 (10月18日<水>13時09分 )
Yokoさんという人の意見は、部分ぶぶんで非常に筋が通ってて頭がいいと感じる。↑もそういった個所の1つで、「検索エンジンから自分のページに来る人は、能動的かつ目的意識を持って来るから、興味本位や荒らし目的の可能性が低いと区別できる」という考え方が透けて見える。言われてみればそのとおりだと思う。
■ UK >ではもうひとつ、TOPページにしかリンクをしてはいけないのは何故ですか? (10月18日<水>13時10分 )■ Yoko >ページ単体へリンクを貼ったら、Webサイトとしての意味が無くなるし、いったい何処のサイトにあった文章なのかもわからないからです。それに、私のサイトはフレームを利用していますので、すべてのメニューが見える状態にから見てもらうのが一番良いと思ったんです。 (10月18日<水>13時12分 )
これも言われてみればなるほどと思った。どんなコンテンツでもそうだけど、「一部分だけ切り取ったら制作者の意図と反対の主張に見える」という現象が発生しうる。制作者としては、そういった悪意や誤解のある使われ方を避けたいと思うだろう。
そういった意味で、ホームページを作るとき、パンくずリストやサイドフレームをうまくホームページにくっつけたいと、誰でも思う。だけど、それをうまく作るにはある程度の知識や技術が必要だ。そういった技術への敷居を下げるものとして、ブログツールやCMSが流行しているのは疑いようがない事実だろう。
しかし、ブログツールを使いたくない場合はどうすればいいのか。フレームを使えばいいはずじゃなかったのか。だけど、フレームというのは不完全で使いにくい。「トップページから見てください」と言いたくなるのも分からなくないと思うんだよなぁ。
この議論を見ていると、はだかの王様を思い出すっす。
# 追記。高木さんが無断リンクの問題についてまとめられていた。
# とても参考になるのでご興味のある方はどうぞ。
# 高木浩光@自宅の日記 - リンクの話 まとめ