メッセージ。 - diary
2006-07-05
# 「女を殴ったことがある」の言い訳
といっても大したことじゃなくて。
昔ある女の子と付き合ってて、よく喧嘩をしてた。
そのときはもう、どうしようもない状態だったんだけど、
どうしようもない状態ながらも修復を試みる日々だったんだなぁ。
どうして修復しなければならなかったのか、
どうして修復しようと思ったのか、
それは当時すでに、ぼくには分からなくなっていた。
それでも、なにか努力しなければいけないと思ってしまうのが
ぼくの弱さなのだろう。
惰性のための努力。
無目的という目的。
世界が歪んで見えるような、人と人との価値観の乖離。
そういったものがぼくを支配していた。
ただそれだけの話。殴るといっても1回だけ。
痛くはなかったはずだし、恐怖も感じなかっただろうと思う。
なんだかんだ言ってもぼくはオタクで、
「殴る」という行為を、自分の日常の中から取り出すことはできない。
早く言えばへっぴり腰で、
形式としては「殴った」のだけれど、
そこから「殴った」という意味を取り出すのは難しかっただろうと思う。
ただ、変えたかったんだ。
ぼくは、「殴る」ということに意味を持てていなかった。
相手を殴ってしまうような激情、
体と心が切り離せないほど統一されている感覚。
心の下層レイヤにまで降りて、
恋愛というものがそこに存在できているのか。
できていないんじゃないか。
そう解釈した。
だからぼくは、体と心の統一的感覚を確認するために、
その相手に対して誠意を提供できるように、
頭が考えるのではなく心が考えるように、
心がもっと体のフィードバックを受けられるように、
体を使わなければいけないと思った。
だからそれをやってみた。
見当外れなことやってると思うだろうけどね。
ぼくは馬鹿なので、……馬鹿なんだよ。ただそれだけのこと。
朝から暗くてごめんちゃい。
なんで、なにを、言い訳しなきゃいけなかったんだっけ?
昔ある女の子と付き合ってて、よく喧嘩をしてた。
そのときはもう、どうしようもない状態だったんだけど、
どうしようもない状態ながらも修復を試みる日々だったんだなぁ。
どうして修復しなければならなかったのか、
どうして修復しようと思ったのか、
それは当時すでに、ぼくには分からなくなっていた。
それでも、なにか努力しなければいけないと思ってしまうのが
ぼくの弱さなのだろう。
惰性のための努力。
無目的という目的。
世界が歪んで見えるような、人と人との価値観の乖離。
そういったものがぼくを支配していた。
ただそれだけの話。殴るといっても1回だけ。
痛くはなかったはずだし、恐怖も感じなかっただろうと思う。
なんだかんだ言ってもぼくはオタクで、
「殴る」という行為を、自分の日常の中から取り出すことはできない。
早く言えばへっぴり腰で、
形式としては「殴った」のだけれど、
そこから「殴った」という意味を取り出すのは難しかっただろうと思う。
ただ、変えたかったんだ。
ぼくは、「殴る」ということに意味を持てていなかった。
相手を殴ってしまうような激情、
体と心が切り離せないほど統一されている感覚。
心の下層レイヤにまで降りて、
恋愛というものがそこに存在できているのか。
できていないんじゃないか。
そう解釈した。
だからぼくは、体と心の統一的感覚を確認するために、
その相手に対して誠意を提供できるように、
頭が考えるのではなく心が考えるように、
心がもっと体のフィードバックを受けられるように、
体を使わなければいけないと思った。
だからそれをやってみた。
見当外れなことやってると思うだろうけどね。
ぼくは馬鹿なので、……馬鹿なんだよ。ただそれだけのこと。
朝から暗くてごめんちゃい。
なんで、なにを、言い訳しなきゃいけなかったんだっけ?
# なんとかバトン
なんかバトンが回ってきますた。一応答えますですが、次の人に回しません。「次の人に回すこと」っていう項目がルールになかったので。
入院・・・・・・・・・○ 扁桃腺を取った1回きりかな? だとしたら意外と少ないな……。
手術・・・・・・・・・○ 扁桃腺
骨折・・・・・・・・・○ 小学校のとき、商店街を走っていて転んだら折れた
献血・・・・・・・・・× 注射怖い!
失神・・・・・・・・・× ないなぁ……
風俗・・・・・・・・・× 大人になったら経験してみたいと思っている
しゃぶしゃぶ・・・・・○ 普通の日本人なら食ったことあるんじゃね?
エスカルゴ・・・・・・○
万引き・・・・・・・・○ フリーペーパーだと思って、レジ横の本を一冊持って帰ったら有料の商品だった
補導・・・・・・・・・×
女を殴る・・・・・・・○ あるけど……。これ一回ちゃんと説明しとかないかんね。
男を殴る・・・・・・・○ 小学校のときの喧嘩とか?
就職・・・・・・・・・○
退職・・・・・・・・・○
アルバイト・・・・・・○ 家庭教師、ガソリンスタンド、ぐらいか……
海外旅行・・・・・・・○
ねぇこれ、面白い? 読まなくていいですからね。ごめんね。
ギター・・・・・・・・× できるようになって女の子にモテたい……
ピアノ・・・・・・・・× すっごく小さいころ習ってた。あのころは野生だったので続かなかった
バイオリン・・・・・・×
メガネ・・・・・・・・○ ヨン様に似てるとたまに言われます……
オペラ鑑賞・・・・・・×
テレビ出演・・・・・・×
パチンコ・・・・・・・○ 小さいころに
競馬・・・・・・・・・×
合コン・・・・・・・・○ 合コンねぇ……。あまりいいものではない、という印象です。
北海道・・・・・・・・○
沖縄・・・・・・・・・×
四国・・・・・・・・・○
大阪・・・・・・・・・○
名古屋・・・・・・・・○
エスカレーターを逆走・○
以下いくつか質問あるも、やっぱりやめ。「答えなければならない」という項目がルールになかったし、いいよね。ていうか、もうこれ以上はムリですた。
入院・・・・・・・・・○ 扁桃腺を取った1回きりかな? だとしたら意外と少ないな……。
手術・・・・・・・・・○ 扁桃腺
骨折・・・・・・・・・○ 小学校のとき、商店街を走っていて転んだら折れた
献血・・・・・・・・・× 注射怖い!
失神・・・・・・・・・× ないなぁ……
風俗・・・・・・・・・× 大人になったら経験してみたいと思っている
しゃぶしゃぶ・・・・・○ 普通の日本人なら食ったことあるんじゃね?
エスカルゴ・・・・・・○
万引き・・・・・・・・○ フリーペーパーだと思って、レジ横の本を一冊持って帰ったら有料の商品だった
補導・・・・・・・・・×
女を殴る・・・・・・・○ あるけど……。これ一回ちゃんと説明しとかないかんね。
男を殴る・・・・・・・○ 小学校のときの喧嘩とか?
就職・・・・・・・・・○
退職・・・・・・・・・○
アルバイト・・・・・・○ 家庭教師、ガソリンスタンド、ぐらいか……
海外旅行・・・・・・・○
ねぇこれ、面白い? 読まなくていいですからね。ごめんね。
ギター・・・・・・・・× できるようになって女の子にモテたい……
ピアノ・・・・・・・・× すっごく小さいころ習ってた。あのころは野生だったので続かなかった
バイオリン・・・・・・×
メガネ・・・・・・・・○ ヨン様に似てるとたまに言われます……
オペラ鑑賞・・・・・・×
テレビ出演・・・・・・×
パチンコ・・・・・・・○ 小さいころに
競馬・・・・・・・・・×
合コン・・・・・・・・○ 合コンねぇ……。あまりいいものではない、という印象です。
北海道・・・・・・・・○
沖縄・・・・・・・・・×
四国・・・・・・・・・○
大阪・・・・・・・・・○
名古屋・・・・・・・・○
エスカレーターを逆走・○
以下いくつか質問あるも、やっぱりやめ。「答えなければならない」という項目がルールになかったし、いいよね。ていうか、もうこれ以上はムリですた。
2006-07-03
# ツモ!
やっと仕事が終わったよーーーーうわーーーーーーん!!!
怖かったよー!! 嫌だったよーーー!!
今日から夏休みだーーーー!
----
ある人の日記を読んでいて、「この人書くの好きだなー」と思った。
「好き」というのはちょっと違うかもしれない。
得意というか軽妙というか。うまく付き合ってる感じ?
けっこうぼくは、この人と感性が似ている気がするのだけど。
でも、振り返ってみるとぼくは、書くのがそんなに得意じゃないなぁ。
書くのを楽しめないというか、余裕がない。
読む人を楽しませるための工夫をしたり、たくさん書いてそれを
削ったり、構成を見直したりといったことが、できないんだなぁ。
書いてすぐ出すことしかできない。
余計な脱線があったり、論旨がズレていったりしても、
そこを削ったり、軌道を修正したりがあまりできないのだ。
なぜかというと、1つには早くそれを終わらせたいというような
気持ちがある気がする。
あるいは、自分の書いたものが、たとえそれが脱線であってさえ
切り捨てられないというか。
「面白いこと」が書きたいと思うのに、ぼくのチカラではそれができない。
面白いことを書くための努力を、ぼくの心の中の、何かがさせてくれない。
いたたまれなくなってしまうような感じ。
自分が、誰かを楽しませようと思う自分に、嫌悪を覚えるのかなぁ。
誰かを楽しませたいと思う自分。
でもそれは、本当は、誰かを楽しませたいのではなくて。
誰かを楽しませることで、「ここにいてもいい」と思いたいだけだったりするのかとか。
流通している言葉でいえばエゴなのだろうけど。
そういうエゴ的なものと向き合うのを、とても怖がっているのかもしれない。
自分はいま、何をやっているのかと。
文章をこねくり回すことで、何をしたいのかね?
そう問われるのが怖いのかな。
----
ああそうか。やっぱり違う。
この人は、書くのが好きなんじゃなくて、得意でもなくて、
本当にうまく付き合ってる感じ。
エゴというものを実感している。
実感しながらも、視点を変えて、あるいは読み手の立場に感情移入して、
そのときどきに合った言葉をつむぐことができている。
そういう感じなんじゃないかなぁ。
----
だめだ。アホなことしか書けません。(>_<)
怖かったよー!! 嫌だったよーーー!!
今日から夏休みだーーーー!
----
ある人の日記を読んでいて、「この人書くの好きだなー」と思った。
「好き」というのはちょっと違うかもしれない。
得意というか軽妙というか。うまく付き合ってる感じ?
けっこうぼくは、この人と感性が似ている気がするのだけど。
でも、振り返ってみるとぼくは、書くのがそんなに得意じゃないなぁ。
書くのを楽しめないというか、余裕がない。
読む人を楽しませるための工夫をしたり、たくさん書いてそれを
削ったり、構成を見直したりといったことが、できないんだなぁ。
書いてすぐ出すことしかできない。
余計な脱線があったり、論旨がズレていったりしても、
そこを削ったり、軌道を修正したりがあまりできないのだ。
なぜかというと、1つには早くそれを終わらせたいというような
気持ちがある気がする。
あるいは、自分の書いたものが、たとえそれが脱線であってさえ
切り捨てられないというか。
「面白いこと」が書きたいと思うのに、ぼくのチカラではそれができない。
面白いことを書くための努力を、ぼくの心の中の、何かがさせてくれない。
いたたまれなくなってしまうような感じ。
自分が、誰かを楽しませようと思う自分に、嫌悪を覚えるのかなぁ。
誰かを楽しませたいと思う自分。
でもそれは、本当は、誰かを楽しませたいのではなくて。
誰かを楽しませることで、「ここにいてもいい」と思いたいだけだったりするのかとか。
流通している言葉でいえばエゴなのだろうけど。
そういうエゴ的なものと向き合うのを、とても怖がっているのかもしれない。
自分はいま、何をやっているのかと。
文章をこねくり回すことで、何をしたいのかね?
そう問われるのが怖いのかな。
----
ああそうか。やっぱり違う。
この人は、書くのが好きなんじゃなくて、得意でもなくて、
本当にうまく付き合ってる感じ。
エゴというものを実感している。
実感しながらも、視点を変えて、あるいは読み手の立場に感情移入して、
そのときどきに合った言葉をつむぐことができている。
そういう感じなんじゃないかなぁ。
----
だめだ。アホなことしか書けません。(>_<)
2006-07-02
# セキュアOSに関する本音BOFというのが開かれていたらしい
セキュアOSに関する本音BOFの資料を、たまたまWeb上で見つけた。子供でも分かる易しい説明で、案外面白かった。
要約すると、
「SELinuxはやっぱり使いにくいよ!」
「パス名ベースのツール群(AppArmorとか)って、実は穴あるんじゃね?」
「使いにくくてスイッチオフにされるセキュリティ機構よりマシ」
「SELinuxは、便利になるよう対策済み」
「あれでかよ? プゲラ」
ということらしい。ほかにも資料がいくつか落ちてますた。これから読んできまつ。(`・ω・´)シャキーン!!
http://www.selinux.gr.jp/documents/2006bof.html
要約すると、
「SELinuxはやっぱり使いにくいよ!」
「パス名ベースのツール群(AppArmorとか)って、実は穴あるんじゃね?」
「使いにくくてスイッチオフにされるセキュリティ機構よりマシ」
「SELinuxは、便利になるよう対策済み」
「あれでかよ? プゲラ」
ということらしい。ほかにも資料がいくつか落ちてますた。これから読んできまつ。(`・ω・´)シャキーン!!
http://www.selinux.gr.jp/documents/2006bof.html
2006-07-01
# IWAKIRIさんも、あいかわらず、かっこいいなぁ
デブサミは、高々一年に2日のイベントで何が変るかと言われてしまうかもしれませんが、志的には、ものづくり大国日本、IT大国日本の礎になればと思ってやっています。気がつけば、次回は5回目のイベント。社内外の人たちに支えられてやれてこれた事を感謝するとともに、これからの5年を考えると、日本がこうなるといいなという気持ちだけでやっていたイベントを、実際にIT立国日本になっていくための仕掛をインプリできないかと思うようになりました。
かっこいいなぁ。陰ながら応援します。と書くと消極的か。じゃあ「なにかできることがあればやりたいです」。でも、ぼくじゃあまったく力不足だけど。
ぼくは、自分の力で、世界が変えられると信じたいのですよね。自分の力というのは、「ぼく」という意味じゃなくて、人間という意味で。運が良かったから助かるのじゃなくて、頑張ったから助かるという世界であってほしい。頑張る人を救える世界であってほしい。
ここで「頑張る」というのは、「嫌なことでも頑張る」じゃなくて、「好きなことを頑張る」ことね。好きなこと、信じることのために一生懸命やる人が、一番強い世界であってほしい。だからぼくは、IWAKIRIさんのような人を応援したくなる。何かを信じる人だという気がするから(気がする、ってところが弱い)。
# 「いらんことしぃ」な人が好き
王様の耳はロバのみみー。
んー。やっぱりぼくは、一人遊びのできる女の人が好きなような気がする。
なんでそういう人が好きかというと、たぶん知的な感じがするから。
ちょっと話は飛ぶけど、たとえばぼくは、毎日会社に通うのに定期券を買わずにすませている。
たまに知人にそのことを発見されて、「どうして定期券を買わないんですか?」と
問われると恥ずかしい。定期券を買うのがまっとうな社会人だろうし、お金の節約にもなるだろうから、そうするのが当然だもんね。
そういうとき、親しくない人には「えへへ。ちょっと買うの忘れちゃって」みたいに
答えるようにしてるのだけど。親しい人にはこう答えるときがある。
「むかし、テレビか何かで見たんだけどね。
ヒットマンからしてみれば、一番狙いやすい獲物は、
毎日同じ時間、同じ場所を通るような、
ルーチンワークに沿った行動をする人らしいんだよ。
だからぼくも、ヒットマンに狙われないようにと思って……(定期を買わず、いつも適当なルートを通るようにしてるの)。」
ええと、本当に親しい人にだけ。これ言うのも、ちょっと恥ずかしいから。
それでね。なんだろう。もう本当に、こういうのは「いらんことしぃ」だなーと思う。
「いらんことしぃ」というのは、関西弁で「余計なこと、やらなくてもいいこと。またそれをする人」のことなんだけどね。
でもなんか、「いらんことしぃ」のほうが楽しいよねーとも思う。「親しい人」は、そういうことを分かってくれて、ぼくの話にニヤニヤしてくれる。そういう感じがいいなーと思うのです。
えーと、で、話を戻して、なんだっけ? そうそう。知的な感じがするというやつ。
や、ぼくが知的だと言ってるんじゃないよ。こういう遊びをしている人を見て、ああぼくなんかは、ヒヨッコだと思ったのです。
なんかこういう遊びって、人格を外から見てるようなところがあるよね。
誰も見ていないところで、いらんことをして、何が楽しいんだというか。
自分一人でいるときは、誰も楽しませる必要がないというか、
とくに変わったことをする気にならないのが、普通だと思う。
そして、たいくつになって、人は普通、外に出るのだろう。
自分でない何かから刺激を受けに出かけるものなんじゃないかなぁ。
でもなんか、一人遊びって、そこであえて出かけない感じがする。
自分の人格の中に人格を作って、そこから何かを生み出している感じ。
それがなにか、知的な感じがするのかなぁ。
これを言うと怒られる可能性大だけれど、
たまにさぁ。女の人と遊んでいると、退屈だなーと思っちゃうんだよねー。
はやく家に帰りたい、帰ってパソコンの電源を入れて、なんか作ったり
書いたりしたほうがマシだと思っちゃう。
それがなぜかというと、いろいろ理由はあるだろうけど、
知的な感じがないからのような気がする。なんつーのかなぁ。
一緒にいるとき、「いらんこと」をしない女の人が多い。
「なんでそんなことをいまやるねん?」ということがない。
それがなんか、面白くないのかなぁ。
……いや、これはまずいまずいまずい! 嘘です!
そういう女の人が多いかどうか、ぼくは知らない。
知らないのだけど、ぼくは男と遊ぶときがほとんどないので、
女の人と遊ぶことが多いので、そういう印象を受けるというか。
いや、これもまずいか。まずい? どうしよう……。
そうだ。これは、王様の耳は、ろばのみみ、だった。
だから、ええと、ゴメンナサイ……。
んー。やっぱりぼくは、一人遊びのできる女の人が好きなような気がする。
なんでそういう人が好きかというと、たぶん知的な感じがするから。
ちょっと話は飛ぶけど、たとえばぼくは、毎日会社に通うのに定期券を買わずにすませている。
たまに知人にそのことを発見されて、「どうして定期券を買わないんですか?」と
問われると恥ずかしい。定期券を買うのがまっとうな社会人だろうし、お金の節約にもなるだろうから、そうするのが当然だもんね。
そういうとき、親しくない人には「えへへ。ちょっと買うの忘れちゃって」みたいに
答えるようにしてるのだけど。親しい人にはこう答えるときがある。
「むかし、テレビか何かで見たんだけどね。
ヒットマンからしてみれば、一番狙いやすい獲物は、
毎日同じ時間、同じ場所を通るような、
ルーチンワークに沿った行動をする人らしいんだよ。
だからぼくも、ヒットマンに狙われないようにと思って……(定期を買わず、いつも適当なルートを通るようにしてるの)。」
ええと、本当に親しい人にだけ。これ言うのも、ちょっと恥ずかしいから。
それでね。なんだろう。もう本当に、こういうのは「いらんことしぃ」だなーと思う。
「いらんことしぃ」というのは、関西弁で「余計なこと、やらなくてもいいこと。またそれをする人」のことなんだけどね。
でもなんか、「いらんことしぃ」のほうが楽しいよねーとも思う。「親しい人」は、そういうことを分かってくれて、ぼくの話にニヤニヤしてくれる。そういう感じがいいなーと思うのです。
えーと、で、話を戻して、なんだっけ? そうそう。知的な感じがするというやつ。
や、ぼくが知的だと言ってるんじゃないよ。こういう遊びをしている人を見て、ああぼくなんかは、ヒヨッコだと思ったのです。
なんかこういう遊びって、人格を外から見てるようなところがあるよね。
誰も見ていないところで、いらんことをして、何が楽しいんだというか。
自分一人でいるときは、誰も楽しませる必要がないというか、
とくに変わったことをする気にならないのが、普通だと思う。
そして、たいくつになって、人は普通、外に出るのだろう。
自分でない何かから刺激を受けに出かけるものなんじゃないかなぁ。
でもなんか、一人遊びって、そこであえて出かけない感じがする。
自分の人格の中に人格を作って、そこから何かを生み出している感じ。
それがなにか、知的な感じがするのかなぁ。
これを言うと怒られる可能性大だけれど、
たまにさぁ。女の人と遊んでいると、退屈だなーと思っちゃうんだよねー。
はやく家に帰りたい、帰ってパソコンの電源を入れて、なんか作ったり
書いたりしたほうがマシだと思っちゃう。
それがなぜかというと、いろいろ理由はあるだろうけど、
知的な感じがないからのような気がする。なんつーのかなぁ。
一緒にいるとき、「いらんこと」をしない女の人が多い。
「なんでそんなことをいまやるねん?」ということがない。
それがなんか、面白くないのかなぁ。
……いや、これはまずいまずいまずい! 嘘です!
そういう女の人が多いかどうか、ぼくは知らない。
知らないのだけど、ぼくは男と遊ぶときがほとんどないので、
女の人と遊ぶことが多いので、そういう印象を受けるというか。
いや、これもまずいか。まずい? どうしよう……。
そうだ。これは、王様の耳は、ろばのみみ、だった。
だから、ええと、ゴメンナサイ……。
2006-06-29
# 肯定すべきもの
一月前に書いて、保留になっていた文章を載せてみる。
ちょびっとだけ改稿した。
日曜日、会社に行こうと電車に乗っていて、ちょっと
気になるできごとがあった。
ぼくはいつものとおり、ドアの側、車窓から景色が
見える位置に立っていた。
目の前には、小学生ぐらいの男の子と、
そのお父さんらしい親子連れ。
列車が多摩川の橋を渡るころ、男の子が
河川敷を指差してお父さんに何か言ったようだった。
河川敷には、青いビニールシートで作られたいくつもの家。
ホームレスの人たちが住んでいるのだ。
子供がぼそぼそ何か言うと、
お父さんは「お前もあそこに住むか」と返した。
はにかむように笑い、「いやだ」と言う男の子。
ああ、珍しいものを見たなぁと思った。
電車の中とはいえ、公共の場所。そこでそういう話題を
口にするのは憚られる。
人の目を気にするなら、お父さんはもうちょっと気の利いた
返事を返すこともできただろう。
たとえば、「そんなことを言ってはいけない」とか
適当な冗談で返すとか。
でも、彼はそうしなかった。
一瞬のできごとで機転が利かなかったのかもしれない。
周りにあまり人がいないから、「まぁいいか」と思ったのかもしれない。
ただなんとなく、もしかして彼は、家の中にいるときのように
くつろいだ気持ちで返事をしたのではないだろうかという気がする。
ホームレスの人を指して、「そういう風になりたくない」という
意思を示すということ。自分たちの暮らしが肯定すべきもので、
はみ出した人たちの暮らしが否定すべきものであるという価値観を
示すこと。
それは、正しいのか間違っているのかがよく分からない。
もしそれを、ホームレスやその家族の人が聞いていたら嫌な思いを
しただろうと思う。だから、そういうことを言ってはいけない。
そう。言ってはいけないのだろう。でも、心の中でそう思って
しまうすらも許されないのかな? それは間違ってるのかな?
誰もがみな平等で肯定されるべき存在で、区別なく扱うべきなのかな。
そういう風に、人やものを区別しないで扱えればいいなぁと思う
けれども、人間にはそれは難しいような気もする。
たとえば最近、日本人の人たちはワールドカップに熱狂していた
みたいだけど、日本のチームを応援して、それ以外のチームを
応援しないと区別していることは、正しいのか間違っているのか。
もしブラジルの人やほかの国の人たちが目の前にいたら、応援の
仕方は変わってくるんじゃないだろうか。でも、正しいことを
しているのなら、なぜ変える必要があるの? 変えるということは
間違っているということなの? もしそれが間違っているのだと
するならば、すべての応援というものが間違っていることになる
気がする。
ホームレスの人たちの暮らしを、自分たちの暮らしと区別すること。
自分の住んでいる場所を、違う人たちが住んでいる場所と区別すること。
どちらかを好きであり、どちらかを好きでないと色分けすること。
その逆を考えてみる。区別しないってことはどういうことだろう。
なにも好きにならないってことなのかな?
ちょびっとだけ改稿した。
日曜日、会社に行こうと電車に乗っていて、ちょっと
気になるできごとがあった。
ぼくはいつものとおり、ドアの側、車窓から景色が
見える位置に立っていた。
目の前には、小学生ぐらいの男の子と、
そのお父さんらしい親子連れ。
列車が多摩川の橋を渡るころ、男の子が
河川敷を指差してお父さんに何か言ったようだった。
河川敷には、青いビニールシートで作られたいくつもの家。
ホームレスの人たちが住んでいるのだ。
子供がぼそぼそ何か言うと、
お父さんは「お前もあそこに住むか」と返した。
はにかむように笑い、「いやだ」と言う男の子。
ああ、珍しいものを見たなぁと思った。
電車の中とはいえ、公共の場所。そこでそういう話題を
口にするのは憚られる。
人の目を気にするなら、お父さんはもうちょっと気の利いた
返事を返すこともできただろう。
たとえば、「そんなことを言ってはいけない」とか
適当な冗談で返すとか。
でも、彼はそうしなかった。
一瞬のできごとで機転が利かなかったのかもしれない。
周りにあまり人がいないから、「まぁいいか」と思ったのかもしれない。
ただなんとなく、もしかして彼は、家の中にいるときのように
くつろいだ気持ちで返事をしたのではないだろうかという気がする。
ホームレスの人を指して、「そういう風になりたくない」という
意思を示すということ。自分たちの暮らしが肯定すべきもので、
はみ出した人たちの暮らしが否定すべきものであるという価値観を
示すこと。
それは、正しいのか間違っているのかがよく分からない。
もしそれを、ホームレスやその家族の人が聞いていたら嫌な思いを
しただろうと思う。だから、そういうことを言ってはいけない。
そう。言ってはいけないのだろう。でも、心の中でそう思って
しまうすらも許されないのかな? それは間違ってるのかな?
誰もがみな平等で肯定されるべき存在で、区別なく扱うべきなのかな。
そういう風に、人やものを区別しないで扱えればいいなぁと思う
けれども、人間にはそれは難しいような気もする。
たとえば最近、日本人の人たちはワールドカップに熱狂していた
みたいだけど、日本のチームを応援して、それ以外のチームを
応援しないと区別していることは、正しいのか間違っているのか。
もしブラジルの人やほかの国の人たちが目の前にいたら、応援の
仕方は変わってくるんじゃないだろうか。でも、正しいことを
しているのなら、なぜ変える必要があるの? 変えるということは
間違っているということなの? もしそれが間違っているのだと
するならば、すべての応援というものが間違っていることになる
気がする。
ホームレスの人たちの暮らしを、自分たちの暮らしと区別すること。
自分の住んでいる場所を、違う人たちが住んでいる場所と区別すること。
どちらかを好きであり、どちらかを好きでないと色分けすること。
その逆を考えてみる。区別しないってことはどういうことだろう。
なにも好きにならないってことなのかな?
# あと2日で6月も終わりかぁ……
「都内で開かれたセミナー」という文章を読んで、「脳内で開かれたセミナー」と空目してしまう今日このごろ、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
あーもう本当に仕事が佳境です。今月はヤバい。かなりヤバい!
つーことで、いろいろ余裕なっしんぐ。ここに書きたいことが頭に浮かべど、体裁を整えるだけの余裕がないのです。なぜなら、ふじさわ、文章下手っぴ。これでもいつも、推敲にすごい時間かけてるんですよ。推敲しないと、意味不明な文章ばかり生産してしまうのです。
それで、書く余裕がないのだけど、書きたいので、ここ一日ぐらいで思ったことを箇条書きにしてみます。
----
子供の安全って言うけど。過保護はよくないと思うんだな。「可愛い子には旅をさせろ」って言うでしょう? この世界で生きるってことは、汚い空気を吸って、危い橋を渡って、あてどなく歩くということでもあるのじゃないかな。お父さんお母さんは、キケンを避けたくなるのも分かるけど。
だけど知らないモノを何でもかんでも「キケン」に分類して、身を縮こませるのは、逆に良くないんじゃないかな。「心配しなくても、この世界は豊かで優しい」。子供がいつか一人で旅するとき、そう思えなくては可哀想でしょう?
だったらまずは、お父さんお母さんが、「心配しなくても、この世界は豊かで優しい」と思えることが大事なんじゃないかな。この世界はそんなに怖くないよ。変な人もいるけど、変な人だって一生懸命生きてる。こちらが何もしなければ、悪さなんてしないんじゃないかなぁ。
# こういうこと言うと、「子供のいないあなたには分からない」と返されるかなぁ。前はそうだったよね……。でも、こう返されるのは案外悲しいから、やめてほしかったりするのですwww。まぁ、無責任なこと言うぼくが悪いのかもしれんけど。
----
あろはたんがあいかわらず面白かったのでリンク。
http://alohakun.blog7.fc2.com/blog-entry-349.html
JJ 8月号は、ぼくもかねがね突っ込みたいと思っていたのだったw。
「愛され」って最近流行ってるみたいだけど、たしかに可愛いフレーズだけど、女の人に本気でそういう価値観を持ってほしくないなぁ。だって、「愛されること」ばっかり求める人って嫌だよ。もらうことばかり考えるのって卑しい。愛されたければ、それに見合うものをあげなくちゃ。そうしないと、いつかすべて失っちゃうよ。愛されるのもいいけど、愛することも楽しい。そう思える女の子のほうが、ぼくは好きだなぁ。
----
ムカっとくるとき。ぼくよりちょっと若い人が、修士を取りに大学に通っていた。それでこのほど、無事単位を取得して修了できたという。
ふ「よかったですねー。修了おめでとうございます」
若「いやぁ、これでぼくもふじさわさんと同じですよ」
ふ「ああそっか、そうですねぇ。それにしても、これでやっと仕事に本格復帰ですね」
若「復帰はしますけど、博士のコースに通ってるので、まだまだしんどいですねー」
ふ「は?」
ぼくはねーあんまり学歴気にしてないんすよ。いや、気にはしてるけど、大した学歴じゃないので、別にもうどうでもいいと思ってる。でもですね、「これでふじさわさんと同じですよ」みたいに言われたら、ああそういう価値観の人なんだーと思うじゃないですか。
そうしたらですね、そういう価値観の人と話がしやすいよう、ぼくもそういう価値観モードになっちゃうんですよ。で、そういう価値観モードに引き付けられたうえで、「博士取るつもりです」って言われたら、ムカっと来ますよ。そりゃあ。そういう価値観モードでは、それはムカっとくる言葉です。
自分のコンプレックスをカタルシスさせるのに、ぼくという人間を使わんとってくれって話ですな。プンプン。
----
「暗い世界の向こうで」というコメントは、さすがに暗すぎたww。ごめんなさいごめんなさい。読んでる人が、もっと楽しい気分になれることを書かなくちゃね。そう思っとるんだけどねー……。まぁいきなりヘビーなのはやめましょうということで。以後気をつけます。
----
「箇条書きにしてみます」と言っておいて、箇条書きになっていない。しかもこれ書くに、やっぱりけっこう時間使っちゃったような?
あーもう本当に仕事が佳境です。今月はヤバい。かなりヤバい!
つーことで、いろいろ余裕なっしんぐ。ここに書きたいことが頭に浮かべど、体裁を整えるだけの余裕がないのです。なぜなら、ふじさわ、文章下手っぴ。これでもいつも、推敲にすごい時間かけてるんですよ。推敲しないと、意味不明な文章ばかり生産してしまうのです。
それで、書く余裕がないのだけど、書きたいので、ここ一日ぐらいで思ったことを箇条書きにしてみます。
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子供の安全って言うけど。過保護はよくないと思うんだな。「可愛い子には旅をさせろ」って言うでしょう? この世界で生きるってことは、汚い空気を吸って、危い橋を渡って、あてどなく歩くということでもあるのじゃないかな。お父さんお母さんは、キケンを避けたくなるのも分かるけど。
だけど知らないモノを何でもかんでも「キケン」に分類して、身を縮こませるのは、逆に良くないんじゃないかな。「心配しなくても、この世界は豊かで優しい」。子供がいつか一人で旅するとき、そう思えなくては可哀想でしょう?
だったらまずは、お父さんお母さんが、「心配しなくても、この世界は豊かで優しい」と思えることが大事なんじゃないかな。この世界はそんなに怖くないよ。変な人もいるけど、変な人だって一生懸命生きてる。こちらが何もしなければ、悪さなんてしないんじゃないかなぁ。
# こういうこと言うと、「子供のいないあなたには分からない」と返されるかなぁ。前はそうだったよね……。でも、こう返されるのは案外悲しいから、やめてほしかったりするのですwww。まぁ、無責任なこと言うぼくが悪いのかもしれんけど。
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あろはたんがあいかわらず面白かったのでリンク。
http://alohakun.blog7.fc2.com/blog-entry-349.html
JJ 8月号は、ぼくもかねがね突っ込みたいと思っていたのだったw。
「愛され」って最近流行ってるみたいだけど、たしかに可愛いフレーズだけど、女の人に本気でそういう価値観を持ってほしくないなぁ。だって、「愛されること」ばっかり求める人って嫌だよ。もらうことばかり考えるのって卑しい。愛されたければ、それに見合うものをあげなくちゃ。そうしないと、いつかすべて失っちゃうよ。愛されるのもいいけど、愛することも楽しい。そう思える女の子のほうが、ぼくは好きだなぁ。
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ムカっとくるとき。ぼくよりちょっと若い人が、修士を取りに大学に通っていた。それでこのほど、無事単位を取得して修了できたという。
ふ「よかったですねー。修了おめでとうございます」
若「いやぁ、これでぼくもふじさわさんと同じですよ」
ふ「ああそっか、そうですねぇ。それにしても、これでやっと仕事に本格復帰ですね」
若「復帰はしますけど、博士のコースに通ってるので、まだまだしんどいですねー」
ふ「は?」
ぼくはねーあんまり学歴気にしてないんすよ。いや、気にはしてるけど、大した学歴じゃないので、別にもうどうでもいいと思ってる。でもですね、「これでふじさわさんと同じですよ」みたいに言われたら、ああそういう価値観の人なんだーと思うじゃないですか。
そうしたらですね、そういう価値観の人と話がしやすいよう、ぼくもそういう価値観モードになっちゃうんですよ。で、そういう価値観モードに引き付けられたうえで、「博士取るつもりです」って言われたら、ムカっと来ますよ。そりゃあ。そういう価値観モードでは、それはムカっとくる言葉です。
自分のコンプレックスをカタルシスさせるのに、ぼくという人間を使わんとってくれって話ですな。プンプン。
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「暗い世界の向こうで」というコメントは、さすがに暗すぎたww。ごめんなさいごめんなさい。読んでる人が、もっと楽しい気分になれることを書かなくちゃね。そう思っとるんだけどねー……。まぁいきなりヘビーなのはやめましょうということで。以後気をつけます。
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「箇条書きにしてみます」と言っておいて、箇条書きになっていない。しかもこれ書くに、やっぱりけっこう時間使っちゃったような?