メッセージ。 - diary
2006-03-13
# なぜ、会社と社員の利害が対立するのか?
"朝日新聞の〝変〟 「メールチェック」で記者たちが大ブーイング"
朝日新聞で「ネットワーク記録・分析システム」が導入されたらしい。全社員を対象に、会社のサーバーを経由したメール送受信、ウェブサイトの閲覧記録を3年間保存、その記録をチェックできるそうな。上記の記事は、会社が社員のメールやWeb閲覧をチェックできることを批判したもの。
「報道機関がそういうことをするのはおかしい」という論調なんだけど、納得できる根拠が示されていない。別に報道機関かどうかで分けなくていいんじゃないの? 「自分だけはそういうことをされない権利がある(と思いたい)」と言っているように聞こえてしまう。「捜査機関や国家と同じですよ」だって!? 同じで何が悪いの???
あらゆる企業は、経済活動をするうえで自分の行動に責任を持つ必要がある。その意味で、自分への入力と自分からの出力を把握しようとするのは自然なことだ。人間だって同じように考えるでしょう? 人間も企業も、同じように1つの主体だからだ。
人間は、自分のやりとりするメールやWeb閲覧を自分でコントロールしたいと考える。それと同じだけ、企業も、自分のやりとりするメールやWeb閲覧を自分でコントロールしたいと考える。どちらかを制限して、どちらかから制限を外すなら、うまくいかない。
個人的には、別にいいじゃないか、メールを見られたってと思う。あるいは、別にいいじゃないか、メールなんか見なくたってとも思う。信頼関係さえあればいいんだ。「会社がチェックするから報道できない」と社員が言うなら、その会社はもはや報道機関ではない。
もし社員が健全な報道人なら、会社が報道を捻じ曲げているのだろうし、もし会社が健全な報道機関なら、社員がなにか悪いことをしようとしているだろうからだ。こういう意見が出るということは、社員と会社の利害が対立してしまっている。その時点でもう、うまくいっていないんだ。
「相手が何か悪いことをしようとしている」。そんなことを考えていて、一緒に仕事ができるんだろうか? 一人でやるより仕事を効率化できるから、会社というものがあるんじゃないの? ならば、会社と社員のやりたいことは同じだ。会社と社員は車の両輪だ。健全な会社なら、会社と社員の利害は対立しない。朝日に限らず、利害対立が見えてしまう記者のいる毎日も、健全ではないのだろうと考えざるを得ない。
# 当然のことながら、上記議論は報道機関にかぎらず適用される。また、同じ議論からぼくは組合というものの必要性にも懐疑的だ。
朝日新聞で「ネットワーク記録・分析システム」が導入されたらしい。全社員を対象に、会社のサーバーを経由したメール送受信、ウェブサイトの閲覧記録を3年間保存、その記録をチェックできるそうな。上記の記事は、会社が社員のメールやWeb閲覧をチェックできることを批判したもの。
「報道機関がそういうことをするのはおかしい」という論調なんだけど、納得できる根拠が示されていない。別に報道機関かどうかで分けなくていいんじゃないの? 「自分だけはそういうことをされない権利がある(と思いたい)」と言っているように聞こえてしまう。「捜査機関や国家と同じですよ」だって!? 同じで何が悪いの???
あらゆる企業は、経済活動をするうえで自分の行動に責任を持つ必要がある。その意味で、自分への入力と自分からの出力を把握しようとするのは自然なことだ。人間だって同じように考えるでしょう? 人間も企業も、同じように1つの主体だからだ。
人間は、自分のやりとりするメールやWeb閲覧を自分でコントロールしたいと考える。それと同じだけ、企業も、自分のやりとりするメールやWeb閲覧を自分でコントロールしたいと考える。どちらかを制限して、どちらかから制限を外すなら、うまくいかない。
個人的には、別にいいじゃないか、メールを見られたってと思う。あるいは、別にいいじゃないか、メールなんか見なくたってとも思う。信頼関係さえあればいいんだ。「会社がチェックするから報道できない」と社員が言うなら、その会社はもはや報道機関ではない。
もし社員が健全な報道人なら、会社が報道を捻じ曲げているのだろうし、もし会社が健全な報道機関なら、社員がなにか悪いことをしようとしているだろうからだ。こういう意見が出るということは、社員と会社の利害が対立してしまっている。その時点でもう、うまくいっていないんだ。
「相手が何か悪いことをしようとしている」。そんなことを考えていて、一緒に仕事ができるんだろうか? 一人でやるより仕事を効率化できるから、会社というものがあるんじゃないの? ならば、会社と社員のやりたいことは同じだ。会社と社員は車の両輪だ。健全な会社なら、会社と社員の利害は対立しない。朝日に限らず、利害対立が見えてしまう記者のいる毎日も、健全ではないのだろうと考えざるを得ない。
# 当然のことながら、上記議論は報道機関にかぎらず適用される。また、同じ議論からぼくは組合というものの必要性にも懐疑的だ。
2006-03-12
# ファイルを新しい順に……の続き その3 原因が分かりました!
yaktyさんのコメントが正解でした。すごいです!
ふじさわは、「alias ls='ls --color'」としていて、lsを実行すると表示がカラフルになるのです。だけど、カラフルになるというのは、表示するときに制御文字が出力されているということでもあり、そのためファイル名にマッチしなかったということですね。長年この設定を使ってるけど、結構ひっかることがあってよくないです……。orz
コメントくださったり、原因を考えてくださったみなさん、ありがとうございマウス!
ふじさわは、「alias ls='ls --color'」としていて、lsを実行すると表示がカラフルになるのです。だけど、カラフルになるというのは、表示するときに制御文字が出力されているということでもあり、そのためファイル名にマッチしなかったということですね。長年この設定を使ってるけど、結構ひっかることがあってよくないです……。orz
コメントくださったり、原因を考えてくださったみなさん、ありがとうございマウス!
2006-03-10
# ファイルを新しい順に……の続き その2
hirofummyさんにもコメントをいただきました。ありがとうございマウス!
http://hirofummy.net/2006/03.html#MAR10.22:22
しかも新しいスクリプト付き。
おお。すばらしい。なんかいっぱい/dev/nullに送ってますな。ということで、動作をよく理解せずにとりあえずコピペ&実行してみたんだど、これもダメ。同じようなエラーメッセージ。なんでー(T△T?
……というか、ご助言いただいているので、いいかげん真面目にやらねば。とりあえず、(bashの設定を変えていない)rootユーザーで一連のスクリプトを実行してみました。その結果……
for i(ふじさわの方式): ◯
while(バカ征くさんの方式): ◯
pushd(hirofummyさんの方式): ◯
あれーうまくいく? ということは、やっぱり設定ファイルが悪さしているのか……。うううごめんなさい。原因が分かったらまた報告します。
http://hirofummy.net/2006/03.html#MAR10.22:22
しかも新しいスクリプト付き。
pushd ディレクトリ >/dev/null && (ls -t | head -100 | xargs grep 検索したい文字列 /dev/null; popd >/dev/null)
おお。すばらしい。なんかいっぱい/dev/nullに送ってますな。ということで、動作をよく理解せずにとりあえずコピペ&実行してみたんだど、これもダメ。同じようなエラーメッセージ。なんでー(T△T?
……というか、ご助言いただいているので、いいかげん真面目にやらねば。とりあえず、(bashの設定を変えていない)rootユーザーで一連のスクリプトを実行してみました。その結果……
for i(ふじさわの方式): ◯
while(バカ征くさんの方式): ◯
pushd(hirofummyさんの方式): ◯
あれーうまくいく? ということは、やっぱり設定ファイルが悪さしているのか……。うううごめんなさい。原因が分かったらまた報告します。
# asahi.com: 経産省部長ブログ「炎上」 PSE法巡り書き込み殺到
ちょっと古い記事。昨日ぐらいのかな? Firefoxのテキストエリアに書きかけのまま置いてあって、邪魔なのでアップロードしてしまいます。書きかけのままですが。
「ブログの更新が執務中だったことが問題視され、部長は大臣官房から注意を受けた」ってことだけど、何がいかんのかのぅ。……いや、いかんのかもしれん。公私は分けなければいけなのかもしれん。でも、公私ってそんなにきちんと分けられるものなのかしら。
仕事にやりがいを感じ身を入れて頑張ると、公が私にはみ出すことはよくあるように思う。もっと言えば、「やりがい」というものは私的なものなんじゃないかな? もし「仕事にやりがいなんて持つな!」ということなら、公私は分けられるのかもしれない。でもそれじゃあ、生産性って上がらないよね。
「わかりやすい言葉で政策を伝えたい」なんて、基本的にはよいことのように思う。ブログで政策を
リンク追加:はてなブックマーク - asahi.com: 経産省部長ブログ「炎上」 PSE法巡り書き込み殺到 - 社会
「わかりやすい言葉で政策を伝えたい」と経済産業省の現役部長が、役職と氏名を明示して開設したインターネットのブログが、3週間ほどで閉鎖に追い込まれた。反対の声もある電気用品安全法(PSE法)に触れたところ、書き込みが殺到したためだ。その上、ブログの更新が執務中だったことが問題視され、部長は大臣官房から注意を受けた。
「ブログの更新が執務中だったことが問題視され、部長は大臣官房から注意を受けた」ってことだけど、何がいかんのかのぅ。……いや、いかんのかもしれん。公私は分けなければいけなのかもしれん。でも、公私ってそんなにきちんと分けられるものなのかしら。
仕事にやりがいを感じ身を入れて頑張ると、公が私にはみ出すことはよくあるように思う。もっと言えば、「やりがい」というものは私的なものなんじゃないかな? もし「仕事にやりがいなんて持つな!」ということなら、公私は分けられるのかもしれない。でもそれじゃあ、生産性って上がらないよね。
「わかりやすい言葉で政策を伝えたい」なんて、基本的にはよいことのように思う。ブログで政策を
リンク追加:はてなブックマーク - asahi.com: 経産省部長ブログ「炎上」 PSE法巡り書き込み殺到 - 社会
# ファイルを新しい順に……の続き
バカ征くさんにコメントいただけた! ありがとうございマウス。
ls -t ~/dir | head -100 | while read f
do
grep test ~/dir/$f
done
ってのは面白いですね。whileとreadはあまり使ったことがなかったけど、たしかにこれは使えそうなテクニックです。ただ、うちの環境ではやっぱり動きませんでした。
なんでだろう。普通にbashを使ってるだけなのに。設定の問題かなぁ。
ls -t ~/dir | head -100 | while read f
do
grep test ~/dir/$f
done
ってのは面白いですね。whileとreadはあまり使ったことがなかったけど、たしかにこれは使えそうなテクニックです。ただ、うちの環境ではやっぱり動きませんでした。
$ ls -t /tmp | head -100 | while read f; do grep test /tmp/$f; donegrep: /tmp/mozex.source.7606ecdb83d9cfeacec30271363017af.1141983865641.html: そのようなファイルやディレクトリはありませんgrep: /tmp/mozex.textarea.9c26be467d256fc4967d27f188d3e56a.txt: そのようなファイルやディレクトリはありません
なんでだろう。普通にbashを使ってるだけなのに。設定の問題かなぁ。
$ bash --versionGNU bash, version 3.00.16(2)-release (i486-slackware-linux-gnu)Copyright (C) 2004 Free Software Foundation, Inc.
# プログラミングは難しいよ?というお話 その2
プログラミングは難しいよ?というお話の続きです。
初めてプログラムを書いたのは、学校の授業のときだったと思う。たぶん実習の1つとして、そういうカリキュラムが組まれていたんだった。計算機室には、クラスの生徒全員分のワークステーションがあった。比較的予算に余裕のあった情報工学科は、他学科の人からうらやましがられていたようだ。
当時はまだパソコンも高くて、一式そろえるのに20万円以上したんじゃなかったかな。普通の人が買うものではなかった。メールもインターネットも世に知られておらず、ニュースやその方面の媒体からは、「マルチメディア」という言葉をよく聞いた。「ワークステーションはパソコンなんかよりもっとずっと高いらしい」、学校ではそういう評判だった。
さて、計算機室でのプログラミング実習だ。課題の書かれた用紙が配られ、一人ひとりそれをワークステーションに打ち込む。そういえば、たしか実習自体が「C言語入門」みたいな授業の一部として実施されたのだったなぁ。林晴比古先生の教科書を使って、「足し算を実行する」とか、「文字列を変数に代入する」とか。教本でそういった基礎を説明されたのちの実習だった。
いま思い返すと、あのころは五里霧中だった。ぼくはもう、とにかく先生の言葉も教科書の言葉も入ってこない状態で、「足し算を実行」とか「配列」とかぜんぜん興味が持てなかった。そんな基本的なところでオーバーフローして、自分はいったい何なのかと悩んだ。「みんなにはこれが分かるんだろうか?」。そうやってあたりを
ビクビク見回しながら、実習の日を迎えたのだ。
(長くてごめんなさい。たぶんもうちょっとだけ続きます)
初めてプログラムを書いたのは、学校の授業のときだったと思う。たぶん実習の1つとして、そういうカリキュラムが組まれていたんだった。計算機室には、クラスの生徒全員分のワークステーションがあった。比較的予算に余裕のあった情報工学科は、他学科の人からうらやましがられていたようだ。
当時はまだパソコンも高くて、一式そろえるのに20万円以上したんじゃなかったかな。普通の人が買うものではなかった。メールもインターネットも世に知られておらず、ニュースやその方面の媒体からは、「マルチメディア」という言葉をよく聞いた。「ワークステーションはパソコンなんかよりもっとずっと高いらしい」、学校ではそういう評判だった。
さて、計算機室でのプログラミング実習だ。課題の書かれた用紙が配られ、一人ひとりそれをワークステーションに打ち込む。そういえば、たしか実習自体が「C言語入門」みたいな授業の一部として実施されたのだったなぁ。林晴比古先生の教科書を使って、「足し算を実行する」とか、「文字列を変数に代入する」とか。教本でそういった基礎を説明されたのちの実習だった。
いま思い返すと、あのころは五里霧中だった。ぼくはもう、とにかく先生の言葉も教科書の言葉も入ってこない状態で、「足し算を実行」とか「配列」とかぜんぜん興味が持てなかった。そんな基本的なところでオーバーフローして、自分はいったい何なのかと悩んだ。「みんなにはこれが分かるんだろうか?」。そうやってあたりを
ビクビク見回しながら、実習の日を迎えたのだ。
(長くてごめんなさい。たぶんもうちょっとだけ続きます)
2006-03-09
# ファイルを新しい順にリストアップしたい(絶対パス付きで)
あるディレクトリに存在するファイルのうち、新しいものにgrepコマンドをかけたい場合、どうすればいいの? 「最近使ったファイルのほうが、価値が高い」メソッドで、ファイルを探そうとしているのだけど、うまくいかない……。
新しいファイル100件の「ファイル名」をリストアップして、それをgrepの引数に渡すだけなんだけど……。「ファイル名」をリストアップするときに、lsコマンドでは絶対パスをうまく作れない(findを使えばよさそうだけど、「あるディレクトリ」にはファイルがたくさんありすぎるので、検索に余計な時間のかかるfindを使いたくないのです)。
$ for i in `ls -t ~/repository | head -100`
do
grep "test" ~/repository/${i}
done
でうまくいきそうなのに、ダメ。
しかたないから、とりあえずGaucheで書くけど。
#!/usr/bin/env gosh
(use util.list) ;; take*
(use file.util) ;; directory-list
(define (usage)
(display "USAGE: lsrecent.scm directory\n" (current-error-port))
1)
(define (lsrecent dir num)
(for-each
(lambda (e) (print e))
(map (lambda (e) (cdr e))
(take* (sort (map (lambda (file)
(cons (file-mtime file :follow-link? #t) file))
(directory-list dir :children? #t :add-path? #t))
(lambda (x y) (> (car x) (car y))))
num)))
0)
(define (main args)
(let1 num 100
(if (= (length (cdr args)) 1)
(lsrecent (cadr args) num)
(usage))))
これをlsrecent.scmというファイルに保存して「chmod u+x ./lsrecent.scm」。次のように実行する。
$ ./lsrecent.scm ~/repository/ | xargs grep "test"
ふぅ。1時間ぐらいかかったかな? lsにオプションが1つあれば済むのに……(とかいいつつ、本当はきっともっと、うまい方法があるんだろうなぁと思う)。
新しいファイル100件の「ファイル名」をリストアップして、それをgrepの引数に渡すだけなんだけど……。「ファイル名」をリストアップするときに、lsコマンドでは絶対パスをうまく作れない(findを使えばよさそうだけど、「あるディレクトリ」にはファイルがたくさんありすぎるので、検索に余計な時間のかかるfindを使いたくないのです)。
$ for i in `ls -t ~/repository | head -100`
do
grep "test" ~/repository/${i}
done
でうまくいきそうなのに、ダメ。
みたいに言われる。どうもgrepコマンドを実行する前に、~/repository/ と ${i}の展開・結合処理をしてくれていないみたいなんだよなぁ。grep: /home/fujisawa/repository/1141380955.0: そのようなファイルやディレクトリはありませんgrep: /home/fujisawa/repository/1141380954.0: そのようなファイルやディレクトリはありません
しかたないから、とりあえずGaucheで書くけど。
#!/usr/bin/env gosh
(use util.list) ;; take*
(use file.util) ;; directory-list
(define (usage)
(display "USAGE: lsrecent.scm directory\n" (current-error-port))
1)
(define (lsrecent dir num)
(for-each
(lambda (e) (print e))
(map (lambda (e) (cdr e))
(take* (sort (map (lambda (file)
(cons (file-mtime file :follow-link? #t) file))
(directory-list dir :children? #t :add-path? #t))
(lambda (x y) (> (car x) (car y))))
num)))
0)
(define (main args)
(let1 num 100
(if (= (length (cdr args)) 1)
(lsrecent (cadr args) num)
(usage))))
これをlsrecent.scmというファイルに保存して「chmod u+x ./lsrecent.scm」。次のように実行する。
$ ./lsrecent.scm ~/repository/ | xargs grep "test"
ふぅ。1時間ぐらいかかったかな? lsにオプションが1つあれば済むのに……(とかいいつつ、本当はきっともっと、うまい方法があるんだろうなぁと思う)。
# もうすぐ中年に差し掛かる男どもが「王子様・お姫様ゴッコ」
東京・秋葉原で可愛らしいメード姿のお嬢さんからチラシをもらった。「新しいカウンタースタイルのメード喫茶です!」。俗にいうコスプレ喫茶? 10代に見えるメード嬢が「お帰りなさい」と優しく迎え、ご主人様(客)は彼女と楽しい話?をする。Hな店ではない。「こんな中年男が行っても良いのかな?」と聞いたら、彼女「お爺(じい)さんも来てますよ。平気! 平気!」。 「でも、普通は10代、20代がお客なんだろう?」と聞くと「そうかなあ? 30代も多いじゃん」。30代? もうすぐ中年に差し掛かる男どもが「王子様・お姫様ゴッコ」をしているのか。不気味だ。
なかなか面白い指摘。反論をすると、現実がリアリティを失ってるんだよ。この人のように、「Hな店」や「身を固める」という価値観が、最近ではリアルじゃなくなってきている。そういうものが、インセンティブを失っている。だから若い人は、そういうものを昔の人ほど欲しがらないんじゃないかなぁ。Hな店に行くことや身を固めることでは、人間の中にある空虚ななにかを埋められ(そうに)ない。いまの人たちは、そういうことに気付いてしまった。不気味なのは、オタクじゃなくてむしろ現代であり、現実なんだ。
# そして、「リアリティを失う」=「相対化」でもあるね。
# プログラミングは難しいよ? というお話
プログラミングは難しいよ?というお話。友達が「プログラミングを勉強してみようかなぁ」と言っていたので。
初めてぼくが、「プログラミング」というものに手を出したのは、春になって大学生というものになったことがきっかけだった。コウガクブ(工学部)のジョウホウコウガッカ(情報工学科)に席を持つぼくにとって、それは興味の対象であり、習得必須技術のようだったからだ。
それまでぼくは、プログラミングはおろか、コンピュータにろくすっぽ触ったことすらなかったのだけど、それはジョウホウコウガッカではあまり褒められたことではないようだった。同級生には、パソコンマニアのような人が何人もいたし、授業もなにがしかその方面のスキルを期待して編成されていた。
とはいえ、情報工学科にもコンピュータのことを知らない生徒はたくさんいた。コウガクブにしては女性も多かったし、「パソコンのスキルとガクモンとしての情報工学はチガウ」ということで、スキルのバラつきは許容される雰囲気があったと思う。
そんななか、ぼくもいざ、コンピュータのことを学ぶことにした。とくにプログラミングというのは、ゲームを作るのにもロボットを動かすのにも必要なギジュツだ。ダイガクというからには、うちの親父が持ってるPC-9800などというようなパソコンとは、全然違う高度なことができるのだろう。ぼくは喜び勇んだ。最初は。
でも、やってみると、それは目も覆いたくなるような惨憺たるものだった。ぼくが使えることになった「わーくすてーしょん」というこんぴゅーたは、親父のPC-9800より「高度」だとはとても感じられず、しかもその「わーくすてーしょん」の中で、何が起こっているのかさっぱり、まるっきり、一向に、かけらさえ、とにかく分からなかった。
システムにログインすると、大きな画面に無愛想な白い箱が描かれ、そこに豆つぶほどの文字を打ち込んで、なにがしかの作業をするのだ。実習と銘打たれた授業の最初のほうで、「どこそこのシステムにログインし、『ls -lR』というコマンドを打ち込んで 『ls-lR』というファイルに保存、それを先生に(電子メールなどで)提出しろ」というものがあった。
「ナンダコレハ?」。さっぱり分からなかった。すべてが! これの何が面白くて、何が学ぶべきことがらなのか。まるで見知らぬ外国で、いきなり一人ぼっちにされたみたいだった。見るものすべてが意味不明で、周りの誰もが、違う国の人のようだった。同級生は誰も助けにならなかったし、先生は外見も内面も宇宙人かなにかにしか見えなかった。
なんてこった。悪い夢だと言ってくれ! こんなところでぼくは4年間を過ごすのか? しかももっとひどいことに、その4年の後にも、ぼくの人生はずっと、この場所から続いていく!
(つづく(と思う))
初めてぼくが、「プログラミング」というものに手を出したのは、春になって大学生というものになったことがきっかけだった。コウガクブ(工学部)のジョウホウコウガッカ(情報工学科)に席を持つぼくにとって、それは興味の対象であり、習得必須技術のようだったからだ。
それまでぼくは、プログラミングはおろか、コンピュータにろくすっぽ触ったことすらなかったのだけど、それはジョウホウコウガッカではあまり褒められたことではないようだった。同級生には、パソコンマニアのような人が何人もいたし、授業もなにがしかその方面のスキルを期待して編成されていた。
とはいえ、情報工学科にもコンピュータのことを知らない生徒はたくさんいた。コウガクブにしては女性も多かったし、「パソコンのスキルとガクモンとしての情報工学はチガウ」ということで、スキルのバラつきは許容される雰囲気があったと思う。
そんななか、ぼくもいざ、コンピュータのことを学ぶことにした。とくにプログラミングというのは、ゲームを作るのにもロボットを動かすのにも必要なギジュツだ。ダイガクというからには、うちの親父が持ってるPC-9800などというようなパソコンとは、全然違う高度なことができるのだろう。ぼくは喜び勇んだ。最初は。
でも、やってみると、それは目も覆いたくなるような惨憺たるものだった。ぼくが使えることになった「わーくすてーしょん」というこんぴゅーたは、親父のPC-9800より「高度」だとはとても感じられず、しかもその「わーくすてーしょん」の中で、何が起こっているのかさっぱり、まるっきり、一向に、かけらさえ、とにかく分からなかった。
システムにログインすると、大きな画面に無愛想な白い箱が描かれ、そこに豆つぶほどの文字を打ち込んで、なにがしかの作業をするのだ。実習と銘打たれた授業の最初のほうで、「どこそこのシステムにログインし、『ls -lR』というコマンドを打ち込んで 『ls-lR』というファイルに保存、それを先生に(電子メールなどで)提出しろ」というものがあった。
「ナンダコレハ?」。さっぱり分からなかった。すべてが! これの何が面白くて、何が学ぶべきことがらなのか。まるで見知らぬ外国で、いきなり一人ぼっちにされたみたいだった。見るものすべてが意味不明で、周りの誰もが、違う国の人のようだった。同級生は誰も助けにならなかったし、先生は外見も内面も宇宙人かなにかにしか見えなかった。
なんてこった。悪い夢だと言ってくれ! こんなところでぼくは4年間を過ごすのか? しかももっとひどいことに、その4年の後にも、ぼくの人生はずっと、この場所から続いていく!
(つづく(と思う))
# 「Wiki」っていうからみんな使わない説
kokepiの日記 - 「Wiki」っていうからみんな使わないんだ。「まとめサイト」って言えばいい
なるほどねぇ。それはあるかもしれないね。
なんつーか、名前重要もだけど一歩進めて。レイヤーを変えるというか抽象化するというか、別レイヤーで具象化するというか。
「Wiki」っていうから、いろいろ小難しいことが気になるのかもしれない。「まとめサイト」を作ろうっていったら、記法とかやるべきこととかを気にしなくてよい気がする。そういうことなんかもしれん。そういえば誰かが、「なんでもできる」ということは「なにもできないこと」だと言っていたなぁ。桶さんだったっけかなぁ。
なるほどねぇ。それはあるかもしれないね。
なんつーか、名前重要もだけど一歩進めて。レイヤーを変えるというか抽象化するというか、別レイヤーで具象化するというか。
「Wiki」っていうから、いろいろ小難しいことが気になるのかもしれない。「まとめサイト」を作ろうっていったら、記法とかやるべきこととかを気にしなくてよい気がする。そういうことなんかもしれん。そういえば誰かが、「なんでもできる」ということは「なにもできないこと」だと言っていたなぁ。桶さんだったっけかなぁ。