メッセージ。 - にゃー

# にゃー

写真をレタッチすることの是非とか、どれくらいレタッチするべきかについて。

YouTubeでまきりなさんという方のチャネルをいつも楽しく試聴しているが、最近レタッチについて語られていた。自分でも考えることのあるテーマなので現時点での自分の考え方を書いてみる。
https://www.youtube.com/watch?v=f13AxSj3H88&t=15s

結論からいうと、ぼく個人としては「やりたい人はやればいいし、やりたくない人はやらなければいい」というのがレタッチに対する考え。「それは写真かどうか」は個人的に気にしない。

どうしてこう考えるかというと、きっかけになったのはモノクロ撮影かなぁ。まきりなさんや他の人が撮ってる写真を見て、最近自分でもモノクロ写真を撮っている。モノクロはけっこう楽しくって、カラー写真では見えなかったものが見えるというか、強調されるというか、「この絵はモノクロのほうがいいな」というケースがあるんだよね。

でも、モノクロというのは言ってしまえばレタッチだ。現実にある色を抜いてしまっているわけだし、カラーかモノクロかを撮影者が選んでいるわけだから。そこに作画の意図が介在しているし、モノクロかどうか以外にも被写体と背景の選択、構図や光やシャッタスピードなど、結局のところ写真は撮影者の意図が反映されている。

逆にほとんど意図せずランダムにシャッターを切っても、「面白い」写真というのはほとんど撮れないというのが経験上ある。だから写真というのはある程度撮影者によって作られたものであるし、撮影者が作るものだと思う。そして、どれくらい作り込むか、どう作るか、というのは結局のところ撮影者の意図しだいだし、それをどうこう言うつもりが自分にはあまりない。

個人的には自分が撮る写真はほとんどレタッチしない。基本的には自分の記録と記憶のために写真を撮っているから。絵を描いたり物語を作ったり他の人に見せる作品を作っているわけではないから。他の人の写真を見るときも、あまりレタッチが入っていないほうが好きかな。写真を見たとき、「すごい写真だなぁ」「どうやって撮ったんだろう」「自分でも撮ってみたいなぁ」という気持ちになることがあって、それがレタッチなしで撮られたものならより「すごいな」という感情が増すとは思うけど、別に競争をしているわけではないから、「レタッチするのはズルい」とか「真実じゃない」とかいう風には考えない。

「その人はそう選択したんだな」「その人はそういう人なんだな」というだけ。誰がどういう風に生きようとも、それはそれでいいと思う。ただそういったたくさんの生き方のなかで、「好きだな」と感じるものがたまにあって、そういうに触れるのはうれしいかな。いまのぼくにとって、そういうのはレタッチがどうこうというよりも、撮影した人の視点とか世界との接し方であることが多い気がする。「こんな風に世界を見て、世界と接することができるのは素敵だなぁ」という写真があるんだよね。世界観が写真に込められているというか。

というか、撮影とか絵作りに意図がある以上、どんな写真にも世界観が込められているのだろう。だとしたら、写真を見て好きかどうかは、撮った人の世界観、撮った人の世界が好きかどうかということになる。そんな風に、思わず好きになってしまう世界観を持っていて、それを写真に表現できる人はすごいなと思う。
2024-05-07 21:57:02 / ふじさわ / Comment: 0 / Trackback: 0

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